この関係に名前がつくのなら

「ひとりぐらし?」

「あぁ」

「結婚は……してないよね」

「おお。興味もなくはないがな」

「美女と野獣の逆バージョンも良いと思うけど」

「俺は動物のままが好きなんだ」

 小鍋の湯が沸くと、彼は瓶から薄茶色の茶葉をとりだし、蓋をした。スゥっと目の覚めるような香りが通り過ぎる。

「この世界で人間と喋るのは初めてだ。それがまぁ、まさかミチルとは思わんかったけど」

「こっちもだよ!ハルタ、白髪あるけど、こっち来て何年?」

「よくわからんけど10年くらいじゃないか?細かくは覚えてない」

「そうなの!?あたしはハルタとメッセしたすぐあとでこっちに来たよ?」

「あれ、30だかそんくらいだったっけ。俺もそのちょっとあとくらいだったかな」

「それで10年こっちで先輩だと……今40歳くらい?」

「かな。そっちは若くなってんのな」

「うん。あたしさ?実は死ぬ前に獣医になりたかったってすっごい後悔してたのね?そしたら人生やり直せるチャンスもらえたの。で、こっちで今は大学に行ってるんだ」

「はぁ?チートじゃん」

 ハルタが出してくれたカップの液体にはほんのり色がついている。

「ねぇ?これハーブティ?こんなの作れちゃうの?」

「そらまぁな。あ、ミチルが飲んでたようなシャレたやつじゃねぇぞ?」

 口をつけた瞬間、花の香りが胃から全身に染み渡る。

「これ、ハルタが作ったの?ひとりで?」

「ん?うん。あ、文句は言うなよ?あくまで気分の問題だから」

「てかハーブ育ててるとか女子力高くない?なんで詳しくなっちゃった?」

「茶は副産物っつーか。獣人にも有効な漢方とかハーブがねーかなーっていろいろ試してたら増えたっつーか……」

 女子力高いなんて軽々しく言った自分をぶん殴りたい。

 窓の外では沢山の葉が揺れている。彼が増やしたものだろうか?。

 本当は会った瞬間、言いたいことが沢山あった。聞いてみたいことが沢山あった。でも、そんなものは飛んでいった。このお茶に生きていこうとした覚悟が詰め込まれてる。


「この街はキレイだね」

「ん?あー。な。映え?ってヤツだったけ?ぽいよな」

「違うよ。キレイって清潔ってこと。あたしがお世話になってる国とは違う。もしかしてさ?これもハルタがやったの?」

「インフラにゴーサインだしたのはこの国のお偉いさんだし、実際に着手したのは職人だぞ?俺は必ず起こる現実を言っただけだ。俺だけの手柄じゃねーよ」

「自慢しないんだもんね。『そーゆーとこ』も含めてすごいなって思うよ」

自分がひそかにあの国でやりたいと思っていたことを、既に実行してしまったハルタ。嫉妬なんて抱けるわけもない。

「じつはさ?不衛生のせいで病気が流行ってるのが気になってたんだ。どうしたらいいんだろうって考えてたとこだったの!だからこの街のことぜったい真似するから!!」

「病気はクスリじゃ解決できねぇからな。いいんじゃね?『予防医学』って概念があるかないかで住んでる世界が違うから」

「でもどうやってここまでの街並にしたの?フツーできないよね?」

「できるかどうかじゃねぇよ。やるしかなかっただけだ。そりゃまぁ最初はそれなりに苦労したぞ?問答無用で投獄されたし」

「え゛」

「ただあきらめなかった。国が民を殺すな、って何年も言ってきただけだ。で、江戸時代(世界一の都市)の出来上がりってわけ」

「いやいや!苦労自慢とかもっとしてよ!」

「んなもん時間の無駄だろ」

「もぉーーーー!」

 

 ハルタはあたしみたいにうじうじ悩んでる時間を全部行動にしちゃう。

 あたしは学ぶためにここに来たんだ。


「ハルタがこの世界に呼ばれた理由が分かった気がするよ」

 こんなに本気でモフたちの命を大切にできる人、いないもの

「ハルタはどこまでもモフにとって大切な人間なんだね」

 あたしも そうなりたい



************************

「で?さっきのツレは?」

「ん?」

「ギンパツの。あれがお前の住み込み先?」

「ベルクのこと?そう。お城に済ませてもらってるの。なーんと!王子さまなんだよ♡」

「は?」

(オウジサマ?カレシのこと?こわっ!)

 ハルタが固まってる?そりゃそうだ。

「こっちの王子さまがたまたまあたしを拾ってお城に住まわせてくれて。獣医になりたいっていったらお城のみんなが応援してくれたの。それで今こっちの大学に行けてるんだけど……あたしってそうとうラッキーだよね♪」

「うん、まぁ、すごいわ」

 三行で説明する日本語力が。

「ババァから若くなって?三食昼寝つきで?タダで学校行って?あげくに王子さまがカレシって?ギャグかよ!俺なんてこっち来るなり投獄されたんだぞ?男尊女卑こじれすぎだろ!」

「ベルクは別にカレシじゃないし……あたしはともかく、ベルクに失礼ってゆーか……」

 真っ赤な顔でうつむくミチルに、ハルタがおかわりを注いだ。

「俺、牽制されてんぞ?初対面なのに睨まれてるし」

「手のかかる妹とか、世話をやきたいお姉ちゃんってカンジなんじゃない?ベルクって男兄弟だからそのぶんお姫さま扱いしてくれる?みたいな?」

手もとのカップを握りしめながら、ミチルが黙ってしまった。


『彼にとって【妹やお姉ちゃんくらい、かけがえのない存在】であって欲しい』

『彼が自分をそれぐらい大好きであってほしい』

 自分が口にしたのは客観視にみせかけた願望だ。でも違う。本当は。


 彼が特別だ。彼が大好きだ。


 彼の優しい眼差しも、甘い囁きも、嬉しいときにパタパタ揺れるふあふあのしっぽも、ぜんぶぜんぶ自分のためであってほしい本。当は自分だけのオトコ(雄)でいてほしい

 

 でもそんなこと言えるわけがない

 この世界で人間との恋が許されるわけ、ない。

 あたしの恋がベルクの迷惑になっちゃうのは、嫌だ


 自分の奥底の蓋をこじ開けた代償で視界がにじむ。

 この世界で勉強をして獣医になる!なんて、海賊王を目指す主人公よろしく頑張ってきたのに。ベルクも欲しいとか。あたし、どれだけ欲しがりなんだろう。


 お茶は冷めてしまい、今度はシトラスの香りが強いものを注いでくれた。先ほどとは違う清涼感が頭をスッキリさせてくれる。


「ミチルって名前は『満たす』だろ?他人より先に自分を幸せにしろって意味だろ?」

「ほんとだ……」

「だからま、さ?まずはてめーが幸せになれよ。話はそっからだ。医者になるとかインフラどうこうより、自分の頭をすっきりさせる方が優先だろ?」

「・・・・・ありがとぉ」

 

 世界中であたしだけは ベルクが好きでもいいって 許してあげなきゃだよね


「好きってしょうがないよね?悪いことじゃないよね?」

「降ってくるもんに良いも悪いもねーだろ」

 目尻の涙を拭いていると、ゴンゴンゴンゴン、とノックの音がミチルの声を消した。

「ミチル?ちょっといいーー!?」

 王子が最初に目撃したのは大切な存在の涙顔。紫水晶の黒点が鋭くなるには十分な理由だった。


*******************

「なにをした!!!」

「はあァああーーーーッ!?」

 どごぉおおん!と大きな音が脳に響き、真っ白な視界に稲妻が走った。グルルルルゥと轟く低い唸り声と共に、肩を掴んだ指がメリメリと爪が食い込む。痛さのあまり、ハルタからうあああ!と悲鳴が上ったが、そんなものお構いなしだ。

「彼女になにをした」

 白銀の髪がゴワゴワと全身を覆いだし、三角の耳がむくれあがる。ハァハァと浅い呼吸のまま、尖った牙がハルタの喉元を狙いをさだめて――!!

「待って!!!!」

「!」

「この人は悪い人じゃないの!なにもされてないから!あたしが勝手に泣いてただけだから!!!」

 毛深い腕を持ち上げると、ハルタの肩から痛みが引いた。視界が徐々にクリアになり、いつもの見慣れた天井が戻ってくる。自分を落ち着かせようとハルタはすぅ、はぁ、すぅ、はぁ、と深呼吸を繰り返す。

(生きてる)

 絶対に血が出たと思ったし、腕は引きちぎれたと思ってたのに。

(加減していたのか)

 顔をあげた視線の先では美しい白銀の王子様に戻ったベルクがしゅんとうなだれている。殺されかけたのは自分だというのに、こみ上げる笑いをおさえきれずワハハハハ、と笑ってしまっていた。


「でもあたしを守ろうとしてくれたんだもんね?嬉しかったよ」

 ありがとう!ミチルがぎゅぅ!と抱きつけば、大きな白い尻尾がバタンバタンと上下に振れる。

(妹か姉貴ぃ?)

 ハルタは喉元まででかかった言葉を飲み込んで立ち上がり、パンパン、とズボンのほこりを払う。でもま、「それ」は言っちゃいけない百年の約束ですから。





「また来るね」

馬車まで見送りに来てくれたハルタに別れを告げながら王子様が頭を下げまくる。

「気ぃ付けてな。王子様なんだろ?」

「ミチルのことは護ってみせますよ!」

「ちげーよ、あんたが襲われないようにって意味」

 乱暴な口の利き方が許されるので従者が驚いている。「ばいばい」とミチルが言えば「もう来るな」とハルタが返した。ハグもキスもないあっさりとした別れにベルクの方から「いいの?」と問えば「いいの」と人間族は笑う。

「ずっと言いたかった感謝が出来たから」 

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