第6話 はじめの一歩

(うーん、うーん、しかし)

 見た目は学生でも内面はアラサーだから?必要以上にベッタリもしないし、ぶっちゃけ話しかけてこなければまぁいっか?ほっとけ?って思うけど……

(てか正直そっちのが楽で万々歳なんだけど。)

 集団生活をしているとそうもいかないのが学校ってヤツだ。

(もう学生時代のやりとりなんて覚えてないよぉ!)

 ミチルが学校に通い出して一週間。いまだにクラスメイトとまともに喋れてない。別に落ち込んでもないし、寂しいとか恥ずかしいなんて言えるほど繊細でもない。が、自分がクラスでぼっちだと四人兄弟達に伝わるのは嫌だな、とどこかで思う。だから誰かと口をききたいのだけど――。遠巻きにミチルを見ている集団に(やほー⭐︎)なんて手を振ってみたのだが、そっぽをむかれてしまった(残念!)。


(まともに会話もできないのは普通に困る)

 ベルクに言えばそれこそ大袈裟に心配するのがわかってるから言いたくない。フォルも実は甘やかし属性だし心配性だからなぁ?ルーンはクールなフリして動揺するに決まってるからやっぱりこんな話は言わない方がいいだろうし。ローズなら世渡りが下手すぎって笑ってくれるかもしれないけど、彼がくれそうな腹黒アドバイスは役に立ちそうにないし。一緒にいないのに四兄弟が浮かんでしまうほど、こちらの生活に馴染んでしまっている。一人でくすくすと笑っていた時だった。

「きゃあああああああ!!」

 廊下から女生徒の金切り声が聞こえたのだ!


*************

 今の声は廊下からだ!

「ごめんなさい!!通して!!」

 どうして走ろうとするのか自分でもわからなかった。自分でなにができるかもわからないのに、脚が勝手に動く!150センチの低身長は170センチ越えの獣人族の波を間すり抜けやすく、ごめんなさい、すいませーん、と繰り返しながら人混みをすり抜けてみせた。視界が開けると廊下で女子生徒が倒れている!皆、遠巻きに見つめるだけ。どうしていいかわからないのはどんな世界でもきっと同じだ。

「ちょっとごめんなさい!」

 屈んで駆け寄り、女子生徒の顔を覗き込む。黒い瞳はこちらを向いておらず、意識がない。小刻みに震えながらも開いた口は呼吸をしている。

(てんかん?)

 犬にもてんかんがあるって大好きなワンブロガーさんの記事で読んだことがあった。素人判断で良いかわからないけれど、以前、職場で倒れたてんかんもちの人もこうだったから、確信してもいいんじゃないかしら?

(えーっと?人間と同じように扱ってもいいのかな?)

 会社の研修で教わったことを思い出す。揺らさず、ゆっくりと仰向けに寝かしてあげて、首元の制服のリボンをしゅるりと外し、第一ボタンを外して。

「毛布や大きめの布かーーそれか、低めの椅子か、台はありませんか?」

 ミチルの声に周囲がざわつくが、(何を言ってるんだ?)(なんで?)と自分を責める声ばかり。助けは期待はできそうにない。

(落ち着けーー落ち着けーー)

 ミチルは、すぅ、はぁ、すぅ、はぁ、と呼吸を整えて、イライラを逃してみせた。

(こんなときにスマホで撮影されたら泣くよね)今は確実に起きもしない事態が頭をよぎり

(パニックだと脳が落ち着かせようと余計なことを考えるの?)などと薄目に自己分析をしていたときーー


「あの!これはどうですか!?」

 誰かがカーテンを指すと同時に、ミチルが素早く立ち上がった。カーテンをビキビキビキぃ!!と勢い良く外して、厚めのそれをグルグルとまるく巻き込み、倒れていた女生徒の脚に滑り込ませて脚を高くしているうちに、声の主がもう一枚外してくれたのでそれをスカートを隠すように下半身に掛けてみせる。手伝ってくれる女生徒は自分より背丈はあるが、栗色のウェーブの髪のせいか愛らしく見える。

「大丈夫なんですか」

「たぶん。この手の発作は人間でもそっとしておくしかないからーー」

 犬と人間のてんかんについて調べたことがあったけれど、正体は脳波の乱れということしかわからなかった。本当に今の自分に出来ることなんてなにもないのだ。

「あの!私、先生に言ってきます!!」

「ありがとう!」

 栗色の彼女の足音が小さくなって、ようやっと周囲を見渡す余裕ができた。先ほどよりも人だかりは減ったが、今もまだ遠巻きに数人がこちらを見ている。

(なら手伝ってくれればいいのに)

 口から出そうな罵声をこぼれそうな涙と一緒に飲み込んで、はぁ、とため息にかえてみせた。

(期待しすぎだ)

(いかんいかん)

 先程の栗毛の彼女が職員室から教員を連れてくるのが見えて、ホッとする。ゆっくりとこちらに向かう白髪まじりの教員はことの顛末を把握したようだった。

「キミが?これを?」

「すいません。学校の備品をーー」

「いや、そうじゃないよ。脚より頭を低くするなんてよく知っていたね。それに一人でよく頑張った」

「い、いえ。そちらの方にも手伝ってもらったんです!とても私ひとりじゃーー」

「先生!ほとんどこの転入生さんがやったんですよ!」

「うん、うん」

 えらい、立派だ、と言いながら教員がミチルの頭を撫で続けてくれるので全身があたたかくなってしまった。

(あれ?犬にヨシヨシされてる?)

「昼休みももう終わる。君たちは教室に戻りなさい」

「あの、彼女をよろしくお願いいたします」

 ペコリと頭を下げながら、なおも生徒の安否を気遣う人間に、教員は微笑み返す。


***********

「ミチルさん、でしたよね?」

「え?は、はい」

「私(わたくし)、オータム・マロンと申しますの。同じクラスなんです」

「そうだったの!さっきはありがとう!」

 姿勢よく頭を下げる栗毛の彼女は瞳もくりくりと可愛らしい。指先まで整った仕草に上流の品性がのぞく。

「いえ。ミチルさまのした功績に比べたら!もう、勇敢で果敢で!見惚れておりました!」

「そ、そう?」

「ええ。きっと他の学生だって!人間に対してのイメージは変わったと思いますわ!」

「イメージっていうと……怖いとか?人間族との交易もあるって聞いたからもっと慣れているかと思ってた」

「人間族と交流したことがある者は一部の特権階級だけです。この学校に通う生徒にとって人間はお伽話や神話、絵本の世界の生き物ですから」

「そ、そうなの?」

(だからベルクはやたら心配してたのかぁ!)

「ええ。人間族の国は行ったら帰ってこれないとか、人間の奴隷にされて最後は殺されるとか、子供の頃に聞かされたイメージのままだと思います」

「人間の方が弱いけどね?物理的な意味で」

 顔の前でがおー、と仕草すると、マロンがクスクス笑う。

「廊下で倒れてる学生に向かって一番にミチルさまが駆け寄ったことだけが真実ですわ」

「ありがとぉ!!マロンさんは優しいね!」

「マロンとお呼びください♡」

 ゴーン、と鐘の音が昼休みの終わりを告げると、教室のお喋りが終わり、皆が席に座り出す。それじゃあね、とマロンは最前列右側の席に、ミチルは一番後ろについた。あちこちでふわふわの尻尾や三角の耳が見渡せる特等席だと喜べたのは先ほどまで。どんなに彼らが愛しくても、思っている以上に人間との壁は深い。そして、モフパラダイス★俺得ワールド★キタコレ★などと浮かれている場合じゃないことも痛感した。

 お城ではイージーモードだと楽観視していたけれど、あれはきっといろいろな歴史を乗り越えた上での「歓迎」で。

 『歴史』と書かれた教科書をバララ、とめくる。書かれている内容は城で習ったものとは違う。世界は学校の教科書では教えてくれないことだらけなのはどこの世界でも同じだ。窓から見える青い空に揺らめく樹々も、絵本のような可愛らしい街並みも、それらは沢山の血と涙の積み重ねということも。


「聞いたよ!ミチル!」

「え?は?なにが?」

 学校の授業が終わったと同時に現れた王子様はミチルをぎゅう!と腕の中に閉じ込めて嬉しそうに笑う。

「生徒を一人助けたんだって!?もう医者の夢を叶えたんだね!すごいよ!」

「ちょ!?え?なにそれちょっと待って!?」

「え?心臓が止まった生徒を生き返らせたってーー」

「ちょwちがう!いろいろちがう!話が大きくなってる!!」

「そうなの?」

「あたしは応急措置をとっただけ!助けるもなにも!あたし程度の素人でも知ってることをやっただけでーー」

「でもそれをやったのはミチルだけだったんだろう!?じゃあやっぱりすごいじゃないか!ミチルは本当に医者になるためにこの世界にやってきたんだね!」

「だから話を聞いて!!」

 尻尾をパタつかせる王子と腕の中で真っ赤な顔で困ってるミチルは注目の的だ。マロンという救いの手が近づいてきたのでホッとしたのだがーー

「王子。私(わたくし)は始終見ておりました。彼女は倒れる生徒目掛けて一番に駆けつけたんです。周囲に協力を求め、それでも動かぬ学生を責めもせず、一人で救助にあたったのです!」

「ちょ、マロン?!」

「ミチル様が違うとおっしゃるのなら私が証言いたしますわ!」

「そうか!やっぱり!!」

 もっと聞かせろ!と、前のめりなニコニコ王子は腕の中のミチルを逃そうともしない。マロンがミチルの活躍を英雄譚のごとく語るのを嬉しそうに聞いている。

「ところで王子?先ほど医者という言葉が聞こえて参りましたが?」

「あぁ。ミチルは人間なのに獣人医なるためにこの国にやってきたんだよ。ね?」

「まぁ!」

 そんな崇高な!?マロンが両頬に手を当てて感嘆している。今更ミチルが何を言おうと、この二人に届く由もない。マロンに協力してもらって、美しすぎる自分像を却下させてもらおうとしたのが逆効果だった。暴走機関車が二台になったらさらに加速してる。。。

「そう、だから今日はミチルが獣医へ一歩踏みだした記念すべき日だったんだ」

「まぁ!!私はそのような誉れ高き日に立ち会えたのですね!光栄ですわ!」

「そうだね。僕はキミがうらやましい。本当はミチルを腕の中に閉じ込めていつも見つめていたいんだけどーー」

 ミチルの顎を捕らえる姿にクラス中の女生徒が頬を染めている。

(誰か!ツッコミが不在すぎる!!!)

「ねぇ!?あたしはそんな立派な人じゃない!落ち着いて!?」

「落ち着いてるよ?」

「いや、その、あたしはモフが大好きな変態だよ?おちついて?」

「うん。だからこの国に来たんだよね?」

「あたしはモフ達のために生きたいだけなの!モフ達のことしか考えたくないし、なんならモフのことだけ考えてお金を稼げたらいーなーしか考えていないからね!?お願いだからあたしを美化しないで!」

「そんなに謙遜しなくてもいいのに」

「ミチルさまはこの国のことをそんなに愛してくださっているのですね!?あぁ、本当に素晴らしい人間ですわ」

「だろう?」

「ちっがあああう!!!」

 だから!あたしは!モフ好き通り越してる性の癖が問題な痛いオタクなんですよ!!言わせんな恥ずかしい!!!二人してキラキラした瞳(め)でこっちみんな!!

 クラスメイトと喋れるようになったのは嬉しいけれど、マロンが知ってる私は私じゃない(泣)

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