五文字
ミチルが旧校舎の玄関から姿を表すや否や、救急隊、王族、沢山の人間が駆け寄る。救急隊の誰かにグリンを引き渡した瞬間!
「よかった……」
安心したせいか、全身の力が抜ける。膝をついたミチルにベルクが手を差し伸べたのだがチカラが入らず、コテン、と腕の中で倒れてしまった。
「ミチル!!」
「はれ?」
緊張感が解けたせいだろうか。立てない。足に、手に力が入らない。
「早く!医者を!」
「あたしは大丈夫だよぉ?」
「そんなわけないだろ!」
「いつからこんな血を流してたんですか!!」
自分を見下ろす兄弟たちに向けてへら、っと笑って見せたのだが、青白い顔色が、肩からだらだらと流れ続ける赤いそれが事態を誤魔化してはくれない。
(さっき噛まれたときの……まだ血が止まってなかったんだ……)
グリンを背負って歩いているときは気にもならなかった。だって痛くもなかったんだもの。が、高揚感が姿を消した瞬間。全身を氷風呂につけられたかのような寒さが襲い、身体がガクガクと震えだした。
(あれ?)
空の色が薄い。みんながぼやけてよく見えない。
「あれ?あたし……ダメなのかな…?」
「そんなこと言うな!言っちゃダメだ!!」
ベルクの声が聞こえるのに。彼が見えない。仄暗い水底で水面がなびくのをみているような。遠い世界のできごとみたい。
「必ず……必ず助かるから!」
励ましているのはローズだろうか?泣きそうなのを瀕死のこちらが慰めているなんて。なんだかおかしくて笑えてしまう。
でもさ?いくらあたしでもわかるよ?
これ、確実な出血多量だし。この世界で輸血できない=詰みじゃない?
「ミチル……」
「ねぇ、シロ、泣かないで」
口からすんなり出てきた名前にミチルの瞳が丸くなる。
(そうかーーこの子はーー)
「シロ。あなた…シロだったのね」
大好きだった 私の王子様
いつも優しくていつも肯定してくれた 私を嫌わなかった
どんなに涙を流しても 泣いちゃダメって言わなかった
泣いていたら 駆け寄ってくれた 慰めてくれた
いっつもそばにくっついてきた あまえんぼさん
あんなにも一緒にいたのに
あんなにも大好きだったのに
どうして気がつかなかったの
「私、シロに会うためにこの国に来たんだね」
「そうだよ!僕だって急に君と別れるなんて嫌だったんだ!だから神様が――」
ぼたぼたあたたかなしずくがミチルの頬に落とされるなか、ミチルがヨシヨシとベルクの頬を撫でつける。
「「「ミチル……」」」
三人の眼差しはとてもよく知っていたものだ。クロは仲良くなって最初にお別れをしたおじいちゃん犬だった。モモは飼い主さんが引っ越してしまって会えなくなった。アルは2歳になる前に病気で死んでしまった。
みんなみんな、以前の世界でミチルが愛した動物達。顔面に飛びつかれて涙が出るほど痛くても嬉しかったし、彼らに好かれている自覚になった。彼らとの別れは辛くて悲しくて苦しくてたくさんたくさん泣いたというのに。
どうして気がつかなかったんだろう。
「生きろって言ったのはみんなだったんだね。会いたいと願ってくれたのも、あたしを呼んでくれたのも。全部…全部――――」
「ダメだ、ダメだよ」
喋らないで、と言いたいのに、もう少しキミの声が聞きたいなんて。残酷過ぎる願いは叶わないだろうか?
僕らはこんな風に泣くために生まれたんじゃないのに
「あたしね?前の世界でもこの世界でもベルクに会えて幸せだったの。だから……本当に……ほんとうに……」
嫌だな。声が出なくなる。もっと伝えたいことがあったのに。
本当に言いたいこと まだ言えてないよ
「ミチル……」
あぁそうか
あたしが この世界に来たのは 獣人と恋をするためじゃなかった。
あきらめた夢をかなえるためでもなかった。
たったひとつを伝えるためだったんだ。
前の世界で伝えきれなかったこと 今度こそ 言わなきゃ
「ありがとう」
かすれた声は青い宙に溶け、真っ白になった指先がだらりと垂れる。
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