モフ好きガール×モフボーイ=ちょうあいされルートを開墾します!
SOLA
第1話 新世界への切符は いくらで売ってますか?
「美女と野獣のラストって人間になる必要、ある?」
「あるからクロアチアの民話が成立したんでないの」
「はぁ……どうしよう。今日もモフが尊すぎて地球が滅亡して再生する」
ミチルはうっとりと今世で通算100億回めのセリフを吐いた。かたわらにいる友人のうんざり顔なんて知らないし、関係ない
「おい、電車!行ってしまうぞ!」
「あぁ、もうちょっと!待って!!」
動物園ゆきの特急電車なら次の便に乗ればいいじゃないか!会うなり撫でろとなついてきた目の前の(見知らぬ)ワンを撫でるほうが重要ではないのか?
「電車とお犬様、どっちが大事なんだ!」
「犬に決まってるでしょうがぁ!!」
そう。モフスキーは今日も人類を代表して咆哮する。
(1) この女ども、人外好きにつき
穏やかに晴れた青空が広く澄み渡る見事な冬日和。優しい陽だまりが降り注ぐ小さな動物園は親子連れで賑わっている。動物園といっても全国に名を轟かせるような名物なんちゃらがいるわけでなく、芝生の上で小モフと触れ合えるのがメインのほのぼのとした動物公園だ。
「ミチルのハーフアップ×黄色のニットワンピ×ワインレッドのバッグは『美女と野獣が大好きです、なんなら野獣最推しです、地球ありがとう』という主張コーデだと一目でわかるのが素晴らしいな(一息)」
「わぁ♡説明的セリフをありがとう!サクヤこそ!眼鏡とおソロのパンプスのバイソンがキリっとカッコよくて『人外CPならウロコ系♀も大好きです清き一票をお願いします』という主張が伝わるよ♡♡♡(一息)」
オタク同士の140字以内での褒め合いはさておき。入場するやいなや、二人は真先に『ゲストコーナー』にダッシュした。
「パカちゃーーーーん!!!」
ミチルはほぼ親子だけの行列を飛び越えたいのをおさえて、合掌でモフを尊んでいる。
「かわいい……かわいいよぉ……なにあの生命体?どうやって誕生したの?なにがどうしてどうなってこんな進化にたどりついたの?なんで?どうして?地球ありがとう。アルパカの可愛さによりこの星は百億回滅亡して百億回再生しました。やっぱり地球ありがとう」
三十路前女が拝んでいるおぞましい絵面はさておき、今日も動物園は賑々しい。まだ未就学であろう小さな子供達は、おそるおそる触っては初めてのモフの感触にキャーと綿菓子のような声をあげ、親は我が子と動物を一緒に写真に撮ったりと『正しく』楽しんでいる。綿菓子のような子供たちに交じってアルパカ専用の行列に並ぶミチルはワクワク顔が隠し切れない。撮影係の咲耶はスマホのアプリを開いたり、一眼レフの電源をいれたりと、万全のスタンバイをしていた。
「パカちゃーーーーん!!!」
順番が来るとミチルはわしゃわしゃと目の前の動物を撫で付ける。会えて嬉しい、を全力で表現!昭和と言われても『ムツゴロウさん』としか言いようがない!
「ふわー!もこーー!!」
「ほら、写真撮るよー」
「かわいいいいい!」
「やかまっしゃあ!おちつけ!」
咲耶の被写体は撮っている方が幸せになってしまうのだから!困ったものだ!
*****************************
ふれあい時間が終了すると二人はふれあいコーナーでモルモットを撫でていた。
「かわいい。モフって絶対マイナスイオン出てるよね」
「マイナスイオンという言葉の真偽はともかく、やつらは人間からある種の波動をひき出すよな」
「……ありがとね、咲耶」
「んー?」
「実は最近落ち込んでてさぁ?」
「あぁ」
「でも癒された!やっぱさぁ?好きなものがあるっていいね?」
「モフはいいよな」
「うん」
「だがな、モフを愛でる青年もまたいいぞ……」
彼女の視線はオレンジ色のつなぎの作業着を着た飼育係の青年にロックオンされている。ふふふ、と不敵な笑みは周囲から見たら仕事のできるお姉サマがモフに癒されている姿であって、よもや人外CP を愛でているとは思うまい。
いつもならこのまま咲耶が青年×モフ♀人外カプの良さについて語りだし、モフ♂×女性派のミチルが宗派の良さを語りだし、混ぜるな危険の一瞬即発は「最終結論として人外と人間のCP最高だよね♡」なんてお約束な着地点まで盛り上がってくれるはずなのだが――今日は元気がない。
「はぁ。飼育員さん見てたら思い出しちゃった。ちょっと弱音言っていい?」
「ん?」
二人で売店横のベンチに腰掛けると、サクヤが自動販売機で買った甘いカフェオレを渡す。手のひらのあたたかさが優しくてほぉ、とため息が出た
「ハム太って覚えてる?」
「小学校でいきものがかりだった?」
ハム太はミチルと咲耶と同様、いつもいきものがかりに立候補していた同級生。家の距離が二人より遠いにもかかわらず、いつも一番乗りで飼育小屋に居た。ウサギやモルモットだけでなく、ニワトリ、ザリガニ、水槽の魚。学校にいる生き物全てを可愛がっていた男の子。食事量、毛並み、毛ツヤ……些細なことまで大人顔負けのメモを書いていたことで担任を驚かせ、ミチルがシートン、ドリトルなんて単語を覚えたり、生き物が食べるから、と植物に詳しくならざるをえなかったのも彼の影響だった。ミチルがモフを愛でるのとは別の愛情のカタチを学んだものだ。
そんな彼の『ハム太』なんてあだ名の由来は学校のハムスターの観察記録で賞をとったから。本名がハルタだった彼が自分から名乗っていたのもカッコよかった。
「ちょっと前にハム太とFN(フェイス・ノート)で逢ったんだ?で、メッセしてみたの!高校は違ったけど、恋愛とかじゃなくってあいつのこと好きだったから」
「モフ好きに悪人はいないしな」
「そしたら……ハム太、小動物専門のクリニックに勤めたって話でーーーー」
「へぇ!すごい!小学生のころから言ってたもんな!あいつのことだからきっと全力でモフ達を助けるだろうし!それはすごい!」
「それでいろいろ嫉妬しちゃって」
ミチルの目にじわじわと涙が浮かぶ。
「えぇ?はぁ?なんで?いや、わからんでもないけどさ」
「じゃあ、言い方、替えるよ?」
「お?おう」
「ハム太は『動物のお医者さん』になったんだよ!!」
「はっ!まさかっ!」
「そうだよ!あいつ!しかもH大だよ!?本人から聞いたからね!?ホントだから!!ハム●ルの真似かって聞いたらそうだって!本人は飼ってないけど職場にハスキー犬がいるらしいよ!?」
「ぐはああああ!!」
サクヤも胸に手を当ててよろめいている。ダメージを隠し切れないのか、よろけた数秒後にはベンチに伏せてしまった。
「きっといつかは個人の動物医院を持つんでしょ?そんなの全動物好きの鑑だよね!?眩しすぎるよ!もぉあたし、モフ好きとか自称できないよぉ!!」
「あいつに漫画貸したの私だったのに……ハムハムするとか……」
彼女らの話している漫画とは、他社といえど説明するまでもない平成初期の伝説漫画のことだ。ハム●ルは例の動物漫画の主人公のことで、メイン舞台のH大は当時の読者なら憧れた大学だった。小学生の頃は「自分も行きたい」なんて言えたのに、高校生にもなれば現実を知る。「無理」と自分に言い聞かせたほろ苦い思い出もきっと日本中でよくあった話。サクヤもミチルも例外ではない。
「それでここんとこ落ち込んでたの。勝手に嫉妬してるって解ってるよ?ぜーーーんぶハム太の努力の結果だよ!?だけど自分の人生と比べちゃってさ?」
「いや、これはクルって」
ここ数年は他人に劣等感を抱くこともなかったというのに!
立派すぎる人間の後光は時に精神のアイアン・メイデン!!早い話、死ぬ。
「あたしはモフが好きって言いながら自分のことしか考えてなかったよなーって。モフのためになーーーんもしてこなかったなって落ち込んじゃってさ?ここまで自分のことしか考えてない人生もどうよってなっちゃって……」
「うんまぁ、おちつけ?それでもさ?あんたなりにモフを愛してきたからこそ、できるなにかがあるとは思うよ?」
「そう‥…かなぁ?」
「あんたがシロのこと吹っ切れてるなら犬カフェをつくるとか?それとか美女と野獣好きを発信するとか?」
「いいのかな。そんなことで」
「これまで好きなことしかしていなかったと反省しているなら、これからは好きなことで自分と他人も幸せになれることを探せばいいじゃないか。あんたの性癖でできることがあるだろう?」
「サクヤぁ……」
涙がボロボロボロボロととまらない。よしよし、と咲耶が頭を撫でるのでミチルが「うわあああ」と声を出して泣いた。
「ハルタの話聞いてさ?やっぱあたしも獣医になりたかった、とかいろんなのが爆発しかけちゃって!ついでにシロのことも思い出しちゃって!!」
「うん」
「あたしが獣医学部に進んでいたらシロが死ぬ前にもっとなにかできたかもとか。もう、いろんなのがぐっちゃぐちゃだったの」
「だよな」
「くやしいよぉ!なんで獣医になるのやめちゃったんだろ。なんで周りに無理って言われたの、真にウケちゃったんだろぉ」
「ミチル……」
「なんであたし、モフと関係ない会社に就職してんの!?会社に近くても犬(モフ)も飼えないアパートで生きる人生って生きてる意味あるの?もぉ自分でも意味わかんないよぉ。あたしなんか会社に要らないのに……」
「なんかなんて言うなよ……」
言葉が届かない。サクヤにも痛いほどその気持ちはわかるゆえ、説得力がなさすぎる。
やらなかった後悔はずっと引きずる。気持ちに折り合いをつけるのと我慢するのは違う。
友人の涙を止める言葉は見つからず、思いついた言葉はため息とともに宙に溶けた。
好きなことをして生きるって?どうやって?
勇気や覚悟はいくらで売っているの?
ねぇ神様?
今どきの生き方の切符って どうやったら手に入りますか?
いくらで売ってますか?
二人の心痛とは裏腹に、すみ渡る晴れた青空、ふりそそぐ陽だまり、秋冬色の芝生、子供たちのシャボン玉のように弾ける楽しそうな声。ポスターの加工写真のように綺麗で美しい風景――――に、大人の悲痛が溶ける!
「きゃあああああああああああ!!!」
「いゃあああああああああああ!!!!!!」
「うわああああああ!!!」
「はぁ!?」
「なに!?」」
先ほどまでゆったりまったりだった公園に、大きな白のワゴン車が猪のように荒々しく乗り込んできた!爆音を鳴らしながら暴走する車は芝生を右往左往しながら、あきらかに小さな子らを目掛けて突進してくる!自分の子供を抱きかかえた母親達がトイレや売店などの建物に逃げ出している!
「うっそ」
「ちょ!逃げるよ!ミチル!」
ミチルとサクヤも売店の中に逃げようとしたときだった!幼女がモルモットのいるふれあい広場に向かって走り出したのだ!
ギュルギュルと方向転換したワゴン車がモルモットを助けようとしている少女を狙う。悲鳴をあげながら追いかけていた母親は脚をもつれさせ転んでしまった!その場にいた誰もが恐怖と絶望の底で固まっていた。とき!
「だああめぇぇぇぇぇぇぇえぇえええええええ!!!!!!!!」
大きな怒声をあげたミチルがモルモットを抱きしめる少女を拾いあげ走ると、母親めがけてほおりなげた!
******************
夕方のニュースでは通り魔犯人の逮捕と一人の女性の死亡が報道されたが、黄色のワンピースを着た彼女が少女を助けたことが譚(はな)されることはなかった。
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