第17話目 しろ
目が覚めたとき視界に飛び込んだのは真っ白のふあふあだった。
おおきな狼犬はずっと自分の目が覚めるのを待ってくれていたのだろうか?
ずっと手を握って眠っていたのだろうか?
(シロのときとおんなじだ)
やっとで実感する。目の前に彼が居ることが、彼の体温や重みに触れることがどれだけ幸せなことか。
どれだけ大切にしていなかったか、あぐらをかいてきたか。
(ただいま)
ミチルはゆっくりと起き上がって自分の隣で眠っている犬の頭をよしよし、となで、ちゅ、と銀髪にキスをすると――紫の瞳が大きく見開かれた。
「ミチル!?」
「おはよ」
跳ねるように飛び起き、大きな紫の瞳がうるうると震えだしている。
あたしだけを見てくれる瞳。大好きしか言わない瞳。シロと同じ瞳。
「ベルクだぁ…」
ミチルが存在を確かめるように愛おしさを込めて髪をすき、頬に、喉に、肩に触れた。指先を絡め合わせ、頬同士をすり合わせると、ベルクの頬が耳まで真っ赤だ!
「み、ミチル?」
「ねぇ?ベルク?あのね?私、ずっと言いたいことがあったの!その、ベルクが王子サマだからって言わなかったんだけど。でも、やっぱり――あの、そのぉ」
(いいかな?いいよね?だって一番言いたかったことだったんだもん)
「ま、待って。それなら僕から――!」
長年の両片想いがついに成就!?ベタかつドラマチック展開だっていうのに!!
バターン!ノックもなく、容赦なくドアが開かれる。
「どうだ?ミチルの様子は――」
「おっはー★交代するよぉ★」
「兄さん、汲みたての水です。こちらと取り換え――」
「「「「「!!!!!!!!!!」」」
……。フォローになるか解らないが、王子たちも日ごろから無作法だったわけではない。確かに今日はノックをしていなかった。それは本当に本当によくなかった。とはいえ、キョウダイ達にとってはミチルの目が覚めていないことが日常で前提だったし、昨日の今日まで、ミチルは目の覚める保証のない生きた屍状態だったのだ。だからその……今日も「そう」だと思い込んでいた彼らにそこまで非はない。とフォローしてあげたい。よね?
だってさ?まさかその弟が恋慕う女が起きてて?
男女がベッドのうえでってさ……?
その……想像することはひとつってゆーかさ?ねぇ?
***************
「すまなかった。その…無礼を承知で言うが、ミチルが未だ眠っていると決めつけていてだな……」
「いえ……その……あたしも……軽率でした」
真っ赤な頬を両手で隠してうつむいてしまい、誰とも視線をあわせようとしない。ラブシーンに入ってこられたベルクは最初こそキレていたが、逆に病人のベッドでなにやってんだと兄弟たちからボコられたことは、今は横に置いておこう。
「けど起きてくれてたから手間は省けたんじゃない?もともとミチルのことで来てたんだし♪」
「あぁ。だが、いきなり起き抜けにそんな話も……」
「アタマ固いなぁ?♪だからモテないんだよ♪」
「む」
「聞かせてよ!あたしなら大丈夫だから!」
「ミチルが眠っている間に二回の国家師試験が終わりました。今年度は放棄とみなされましたが、また来年度の試験を受けてもよい、と文科省より伝達があったんです。そして試験に合格するまでミチルを見習い生として厚生省立の医学院に優待すると申し出たのですよ」
「は?……どゆこと?」
「はいはい。ちょっと説明足りてないよー?ミチルは起きたばっかだよー?♪」
パンパンとローズが手を叩き、ルーンらしからぬヘタクソ説明にストップをかけている。
「ミチルは医師国家試験の前に大学の卒業試験を受けたことは覚えてる?♪」
「ええ」
「おめでとう♪大学は無事卒業できてるよ♪」
「そうなの!?よかった!」
「卒業式はとうに終わっていますけどね。一年以上も眠っていたのですから」
「うん」
「で、学校関係者の大半はミチルが卒業式にも国家試験に来れなかった理由も知ってるんだよね?ミチルは悲運の人ってゆーの?悲劇のヒロイン?ちょっと違うなぁ。ヒーロー?ま、『特別扱い』なわけ♪」
「はぁ」
「現況のあなたは大学校を卒業して試験に受かっていない浪人生。今回は事情が事情でしたから、学校と国の教育機関側はぜひともあなたに試験を受けなおしてほしいと願っています」
「多少は責任やら諸々を感じているんだろう」
「学校の名誉のためだと思うけどねぇ?♪」
「ローズ……」
(怒ってくれてるのは嬉しいけど怖いよぉお)
「で?ただミチルが無事試験を受けました♪じゃあ国民サマが納得しないわけ♪」
「え?なんで?火事に飛び込んだのは私なのに……」
「もちろん貴方に非があります。ですが、世間的には相当な事件なんですよ」
「人間族が獣人を助けたってのは近代史に残るレベルの大事件なんだよねぇ?いちよ、この国にも人間族とはそれなりにドロッドロの歴史があったからさ?♪」
「ミチルをなんとかしてやれって学生たちが黙ってなかったんだ!沢山の嘆願書が集まったんだからさ!」
「うそ……」
「そこで学校より教育局よりもっと権力のある厚生局の出番ってワケ♪ミチルちゃんをムゲにしませんよーって誠意を国民さまに一般公開しだしたんだな?で?どする?」
「とはいえ見習い生ですから給料はありませんしーー」
「やる!やりたい!やります!……いや、その、お給料もらえないんですけど……生活費もお金も払えないんですけど……行ってもいい……デスカ?」
つんつんと人差し指で上目にフォルや兄弟達の機嫌を伺えば(アホ)とため息をついてくれる。
「その返事を医学院に届けて来るんだな」
「一年以上も眠っていたんですからね。医学院に行くならリハビリを充分してからですよ」
「ありがとう!!」
「よかったね!ミチルの頑張りをみんなが見てくれていたってことだよ!」
「そうなのかな?」
「遅くまで勉強していた。わからないところはわかるまで教師たちに質問していた。目的はこの国のため♪好感度の下げ用がないんじゃない?♪」
「ほかにもだよ!どんな目に遭っても笑っていただろう?全部が見られていたんだから!!」
「要領の悪さは目立ちますし、三手先を考えているとは思えない行動はとても賢明とは言えませんがね」
「うう……」
「でもまぁ『あなたが獣人族の命を救いたがっている』ということは大いに伝わったと思いますよ」
「そんでまた伝説のオトメとかなんとか騒ぐヤツもいるだろうねぇ♪」
「いやいや、あたし、そんなすごいヒトじゃないから」
「そんなすごいヒトなんだよ。だからみんなが助けようとしたんだ」
「ですから正確には『ラッキー』ではないんですよ。『過去の積み重ねの結果』です。正当な自己評価をしてください」
「ミチルはこの国に必要とされている自覚をもつんだな」
キョウダイ達の言葉がゆっくりと紡がれるたび、そのたびに、ひとつぶひとつぶがぼたぼたとシーツにシミを作る。
「あたし……ここに来て…よかったよぉ……ありがとぉ……」
ぼたぼた涙とずるずるの鼻水だらけで顔はぐちゃぐちゃだし、そういえばすっぴんだし。でも、止まらないの。涙も、感謝の言葉も。
「前はね?あたしなんて、いてもいなくてもいい透明人間だったの。自分で自分このことが大嫌いだったの」
「でもね、今は違うよ?あたし、医者になりたいって頑張ってる自分のこととか大好きだし、この家でたくさん愛してもらったの!あたし、自分で自分のことを好きになる大切さを教えてもらったの!」
「その、だから、あたし、みんなのおかげで幸せなの!みんなのことが大好き!ありがとう!!」
大好きと言うのはドキドキして、少し恥ずかしかったけれど。ひとまわり大きいベルクが抱きしめてくれるから、ミチルは腕の中に隠れてしまえる。おかげで真っ赤なカオは見られずに済む。
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