第7話目 「こいつらこれで」



「ミスミチル。今日も図書館かい?」

「はい!」

「キミは本当に学業が好きなんだね」

「はい!お医者さんになるための一歩だと思うと、とても幸せなんです!!」

 失礼します!

 頭を下げて、沢山の分厚い本を両脇に抱えてミチルがパタパタと廊下を駆ける。その後を水筒だの弁当だのミチルの荷物だのを抱えたベルクが追いかける。立ち止まって目の前の教師に頭を下げはするが、彼にとってはミチルを追いかける方が優先だ! いつもと同じ、放課後の風景。高等学校の授業が終わったら、ミチルは隣接する大学敷地内の図書館に走り出す。一学年上のベルクがそれを追いかける。一年以上も続けば教師も生徒も慣れた風景になり、二人に出くわしたら人が道を開けるようになった。


「うざ」

「アピール乙w」

「人間が調子乗ってんじゃねーよ」

「あたしも人間の国ならちやほやされるかなぁ?」

「無視かよ」

 ミチルに届く言葉たちに胃がざわつかないと言えば、世界が灰色にならないと言えばウソになる。昔のあたしだったらダメだったかもしれない。でも、今は違う!


 (大丈夫!あれは「かまってちゃん」!)

  息を吐いて、呼吸を整えればまた一歩を踏み出せる。


 人生をやり直したくって、降ってきたチャンスの切符!

 絶対に無駄にできない!!

 神様にとってあたしが★★★★★(切符をあげて良かった)にならなきゃ!


***************************

「ミチル、はい」

「うん、ありがとう」

 ベルクが手渡してくれた白湯とは言い難い、ぬるめの湯冷ましをぐい、と飲み干して、また過去の問題集にとりかかった。ミチルから一分一秒でも図書館にいたい、と王宮での夕餉を断ったのがきっかけだった。ミチルが夜遅くまで勉学に勤しむ姿を応援しつつも寂しがっていた男は、アイドルのマネージャーのようにあれこれと世話を焼き出したのだった。  

 放っておくと飲食を忘れてしまうオモイビトのために、妨げにならない軽食を作らせて、放っておくと喉の渇きに気づかないオモイビトのために水筒を持ち歩き、放っておくと防寒を後回しにしてしまうオモイビトのためにブランケットを持ち歩く。受験勉強にいそしむミチルの邪魔にならないようにと、第三王子はこれまで真剣に取り組んでこなかった政治学や帝王学に身を入れるようになっていた。


「ミチル、そろそろおなかがすいてない?」

「んー、言われれば?」

 ほら、これだからほおっておけないんだ。

 休憩スペースに連れ出すと、眠くならない魔法のサンドイッチをベルクが用意して、ミチルがあーんと食べる。それから甘いミルクとクリームがたっぷりのポタージュを。もうひと口、もうひと口、と与えられてはミチルが美味しいと微笑む。オモイビトが笑顔になると鼻先がツン、と痛い。どうしてだろう。ミチルがいないときに食べていた絢爛豪華な晩餐会よりも、二人で食べる軽食のほうがずっとあたたかく美味しいんだ。

「美味しいね」

「おいしい♡」

 通常なら艶めき色恋わき立つハズの十代の学び舎での異色な二人。最初は笑われていた二人も、半年以上も経った今では誰もなにも言わない。二人が高等部を卒業しても、晴れて大学校に入学したあとも、二人だけのピクニックは続いた。

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