第15話 試練×試験


「気をしっかりとな」

「頑張って♪」

「迎えに行くからね!」

「健闘を祈ります」

 馬車の向かう先は国家試験会場。ミチルは先日、大学の卒業試験を終え、本日はこれから国家試験に挑むところ。四兄弟の過保護っぷりはエスカレートしており、たかだか試験の出発にまで見送りしている。

「やっぱり僕も一緒に行くよ!」

「もぉ、だいじょうぶ!ベルクが一緒だもの!」

 お守りの白いリボンを見せつけて、行ってきます!と笑顔で手を振って馬車に乗り込んでみせた。ラッキーなことに、今年度の国家試験会場はミチルの通っている大学だ。いつもより少し早く出ればいいくらいだし、勝手知ったる会場ならばリラックス度も違う。妙な度胸がついてしまい、窓の外の景色を眺めていたのだが、馬車が急に止まった!


「どうしたの!?」

「ミチルさま!大学校の敷地内にて火事が起きた模様です!」

「えぇ!?」

「一旦戻りましょう。試験会場へのく早馬を持たせますから!お城でお待ちくだーーミチルさま!?」

 ベルクがいない今、ミチルを止める人はいない。するりと馬車から飛び降りて、つんのめりながらも体勢をもどしてダッシュする!

(だって!知っている人がいたら!?)

 大学の大きな門周辺の人だかりで現場は見えそうにない。「火事って!?どこが!?」と問えば、「あそこ。旧校舎」と答えが返ってきた。

「へ?」

「誰もいないんでしょ?」

「なら良かったよ」

「だいたいもう取り壊しって言われてたんだから丁度いいくらいだったんだよ」

 校舎の一部からのぼる煙もほんの少し。すぐにおさまるだろうと声が聞こえる。本校舎と距離があるから一緒に燃える心配もなさそうだ。ま、旧校舎は壊すことになるだろうけど、今日の試験会場は本校舎だっだし。

「それより試験だよ。どうなるんだ」

「だよな?」

(たしかに)

 野次馬もミチルもお気楽になっていたところ――。

「いるんです!」

 涙まじりに女学生が訴えている。興奮して耳やしっぽどころかマズルまで剝きだしだ!

「は?」

「友達のグリンが……!!あのなかに!いるんです!!!!」

「はあぁああ!?!?!?!?」

「なんで!?」

「わかりません!ただ、今日、あそこに行くって聞いててーーあの子――さっきから見当たらなくってーーもしかしたらーー」

 心臓がどくどくする。誰かがいる、と聞いてしまったせいだろうか?

 火事の現場なんて見たことがなかった。「そーゆーの」はいつもネットの写真やテレビ越しで、他人事だったもの。

 さきほどまで小さかった炎が風のせいで大きくなった!縦に横に揺らめいて大きな悪魔が笑っているようだ。


(怖い)

 だけど、いまここで純血の人間族は自分だけ。

 獣人族よりは自分の方が火に対してなにか行動ができるのでは?

(逃げろ、行くな)

(放っておけ!!!)

(自分の命を大切にしろーーー!!)

 頭ではわかっているのに!

「あたしが助けに行く!!」

 ミチルの低い声に周囲の視線が集まった。



【覚悟】

「嘘だろ?」

「行って誰もいなかったらどうすんだ?」

「無駄死にだぞ!?」

 周囲の声は当然だ。誰だって行きたくなんかない。でもーーでも、本当にいたら?

 助かるかもしれない命を見殺しにするの?

 それであたし、医者になっていいの?

 誰かを見殺しにして、この先ずっと苦しむ人生を選ぶの?


「それで、どこなの?グリンがいるのは!」

 指と声の震えを殺して、先ほどの女生徒の肩を掴む。


【祈】

「なにを言ってるんだ!

「でも!助けなきゃ!」

「バカか!キミが死んだらどうするんだ!キミは国賓だろう!?僕らはもちろん、王族が、ベルク王子が悲しむぞ!?それを考えーー」

「あたしは一人でもモフを助けたいの!そのためにこの世界に来たんだから!」

「でも!!」

「ここで誰かを見殺しにして試験に行ける?もし試験をパスして医者になれたとしても一生トラウマになっちゃう!だからあたしは!あたしのために行くの!!あたしは中の子も助けてみせる!絶対にあたしも助かるから!!」

 周囲の手を振り払い、ミチルが旧校舎に走っていった。同じ学部の学生達ならば、ミチルが王族に溺愛されていることを知っている。ミチルが獣人医になるために人の数倍も努力をしてきたことも、人間だからと不条理で理不尽な差別に屈せず笑顔で接してきたことも。

「――――」

 だから声を殺して。その場で数人の学生が祈るように手を組んだ。


 ******************


 馬車から王子たちが降りて、ミチルを探している。どうやら話を聞いて飛んできたようだ。ベルクが獣人医学部で見覚えのある生徒の集団を見つけると、ミチルはどこだと青い顔で訊いた。

「ミチルは?」

「校舎にいる生徒を助けにーー」

「「「「なーーーーっ!?」」」」

 ほかの王子も青ざめている。

「どうして止めなかった!!」

「止めましたよ!だけど無理だったんです!わかるでしょう!」

「ーーーーっ」

 それがミチルだ。それが彼女の行動力の源で魅力でーー

 だけど!なにも、いま、こんな!どうして!!!!

「しょうがないよ。ミチルは本気でこの世界の獣人が好きなんだから。助けないまま目の前で死なせることができない。そーゆーコだよ」

「「「……」」」

「大丈夫だよ。ミチルは帰ってくる。そしてみんなに叱られて、遅刻して試験を受ける。だろ?」

「「「……」」」

 ベルクが兄弟に言い聞かせるが、悲鳴を上げてくれた方がマシなほど、笑顔が痛々しい。


 もしその場にいたらミチルを絶対に引き留めた筈だ。

 でも自分が何を言っても、それでもミチルは火事場へ走ったかもしれない。

 だって、それこそが自分の好きなミチルだから。


「大丈夫だよ。ミチルは絶対に戻ってくる」

 まだ校舎が全焼しているわけじゃない。大丈夫。必ずミチルは戻ってくる。

 乾いた叫びが空に溶ける。


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