ログインボーナスも浴び過ぎれば死。
ミチルと兄弟たちが話し込んでいたところ、ミチルのもとに、介添えを自称する女性が頭を下げてやってきた。年は五十前後だろうか。前髪をひっつめキリっとした目つきはいかにも仕事が出来そうだ。
「お話は伺いました。お水をお持ちしましょうか?それともなにか――」
「あ、大丈夫です。さっきベルクが水と一緒に沢山フルーツを持ってきてくれました♪この国のりんごやオレンジをいただいたところです♪」
「まぁ!いきなり固形物を?申し訳ありません!もっと早く私共で粥や重湯を持ってくるところでしたのにーー!!」
「いえ!あの!むしろ感謝してるんです!重湯より美味しい果物を食べるほうが幸せってベルクと笑っていたんです。その……失礼かもしれませんが、常識よりも大切なものを判断できるベルク王子は素敵だとすら思いましたよ?」
出会ってすぐにベルクの長所を評価してみせたミチルに女中だけでなく、キョウダイ達の頬も緩んでいる。
「どうだろう。身支度が整い次第、父上と母上に会って……」
「フォルさま!」
「ん?どうしーーー」
女中が青ざめて部屋に入ってきた。ノックもなく、乱雑な仕草だが、理由は訊くまでもない。すぐに二メートル超えの獣人が入ってきたのだから!
金色(こんじき)に艶めく毛皮に覆われた隆々とした体格に紺碧の軍服をまとった獣人は鋭い眼光でミチルを捕らえる。先ほどのベルクは可愛いなどとのたまったが、目の前のワーウルフはこの間までの人生で長年夢み続けていた推しそのものではないか!
「ふひぃ……っ!!!!」
悲鳴を殺していると、王子達が緊張した顔つきで頭を下げていることに気がついたのでミチルも慌てて一緒に頭を下げた。さきほどまでの和やかなものとはうって変わって、空気がピリピリと痛い。この世界に来たばかりのミチルでもミーハーな悲鳴をあげることは許されないことはわかる!
「おもてをあげなさい」
低く威厳のある声を真に受けてはならない。ミチルは薄目越しに兄弟、従者達が頭を上げるのを確認してから一番最後に頭を上げるとーー
(ーーーーっ!!!!)
今度は先ほどの国王の左に並んで真紅のドレスをまとった真っ白のワーウルフが並んでいるではないですか!
(はぁ!?あれがお妃さまですか!?はぁ!?はぁ!?ほへぇ!?)
毛艶や毛並みが美しすぎる!これまで見てきた犬や狼の写真集なんか焚書レベルだ!溢れる気品にひざまづくしかないし、むしろあの真っ青な瞳に睨まれたいし、踏まれたい。いやもういっそ腕を差し出して噛みつかれたい!!
これまで興味の対象外だったミチルの中の四つ脚♀界の常識がいっきにアップデートする!!!
(モフ♀はライバルだと思ってごめんなさい!勝てるわけないです!)
頭の中では大好きな『謝肉祭』の「ライオン」が流れるが、冒頭のファンファーレは百回以上流しても足りないし、足りない。これ以上どうやって二人の荘厳さを伝えればいいだろう。脳内スクショが追いつかなくてオーバーヒートで倒れてしまえたらいいのに。
(あぁ、そうか。これが仰げば尊死……)
「父上?母上まで。どうしました?」
ベルクがミチルをかばうように王とお妃との間にずい、と立つが、二人は笑っている。
「お前が連れてきた『オトメ』が目を覚ましたと聞いたんだ。我々も会ってみたいじゃないか」
「獣人の姿なんて怖がらせるからやめておいたらって言ったのですけどねーー」
楽しそうな王サマにお妃サマはやれやれ、と呆れた様子。
「そうですよ。まだこの国のことを説明してもいないのに――」
「いえ!ご!ご褒美です!!尊くも素晴らしいお姿での歓迎、おありがとうございますぅ!!」
(初めまして!ミチルと申します!)
「「「「「「……?」」」」」」
(あれ?なんかおかしい?)
「うわあああああ!!間違えた!」
(モノローグとセリフが逆だぁ!! )
ひとりパニックなミチルにちょいちょい、とベルクが肩を叩く。
「ミチルは父上も恐ろしくないの?」
「へ?恐いってなにが?」
「大抵の父上の姿を見た人間族は怖がって萎縮してしまうんだよ?父上は獣人であることを誇りにしているからこそ初対面はこの姿で振る舞いがちで。やめろって僕らも強く言えなくてーーーー」
「うん、ごめんね。ベルクの中途半端な獣人も可愛かったんだけど、王様はベルクの百億倍カッコいいよね………尊すぎて地球が滅亡するけど今度こそ再生不可かも…ウッ死ぬ…」
おぞましいほど会話が噛み合っていないが、供給過多で瀕死のミチルに周囲の視線なぞ気にする余裕はない。大好きな犬と人間の混血の獣人×映画の野獣のような気高い服装。簡単にメ●パニが解けるわけない。
どうしよう、世界が滅びる、今から死ぬ、いやだ王様カッコいいから生きる、でもだめだ、死ぬしかない、と繰り返しており、誰とも会話が出来そうにない。とりま、周囲はミチルのゾンビ再生が終わるのを待ちましょうか。
「この期に及んで父上が好みだと言うのかーー」
「人妻を前にして、度胸があるなぁ♪」
「獣姿に興奮する人間族もいるんですね。まだまだ僕の見識は浅かったようです」
兄弟たちはこの世界の人間族では見たことのなかった性癖を見せつけられ、呆れを通り越している。
「母上は非礼を怒らないのですか」
「この国の王であり汝の番を称賛されて怒る阿呆がどこにいるのです」
末弟が呆れつつも問えば雌ウルフで余裕で微笑む。その横でうひぃぃいいと悲鳴があがった。
「お、お妃さまも素敵です!!あ、あの!お妃様は美し過ぎて直視できないんです!ごめんなさい。私は獣人♀も素敵だと知って困惑しております!どうか私に御二方を直視できる鋼の眼球をお与えください。あぁ、それでは王妃様が見れない!見たい!え!無理!!どうしよう!!」
「お、落ち着いて、ミチル」
「ベルクごめんなさい。あなたのこと可愛いって言ってたけど、王様はカッコいいし王妃様は美しくて、ちょっと情報が追いつかなくって……あぁ!」
モフガチオタ勢を寛大だの寛容だのプラスに解釈する王子達には誰か『変態』という言葉を提供してくれればいいのに。
「ほ……本当にミチルは我々の国を喜んでくれているんだね?」
「はぁ?当たり前でしょ?」
美男子のはずのベルクがミチルの両手を握りしめていることよりも、国王と王妃がミチルを見つめていることの方がショックが大きいらしい。がふぅ!と勝手に倒れている。
「だ、大丈夫?」
「じゃない。鼻血と耳血と口から血が発射する」
「えぇ!?」
「あの、お願いがあるの……あの二人に人間の姿になってもらえる?」
「あぁ、そういう!!」
御馳走も食べ過ぎれば毒だし、ログインボーナスも浴び過ぎれば死。ほどほどが一番、てことで?さてさて、二人が人間の姿になったことでようやっとまとも(?)なご対面ができたみたいです!
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