「苗字、犬飼なんです」
【『オウジサマ』という仕事】
(人間だ)(本当だ)
高等部に着き、馬車を降りるや否や、ざわざわひそひそと自分について話しているのが聞こえる。髪が黒いだの、小さいだの…見せ物じゃねーぞ!言いたいことがあるなら面と向かって言えや!!とは思うけれど、この世界では自分が「見せ物」なのは現実だし、こちらの学校に通いたいと申し出たのは自分なのだからこれくらいは覚悟しなきゃ!!!
ちら、と左に並ぶ彼を見上げると、「王子様」はニコニコと手を振って民衆に笑顔を振る舞っていた。手を振り返された女学生や、遠巻きにベルクを見ていた男子学生は嬉しそうに頭を下げている。
(王子様業も大変だ)
ベルクが手を振っている間は動けないし喋れない。早い話が暇。かといって一人でスタスタ行くのもメンツを潰してしまうかもだし?
生徒の中にはおはようございます、声を発す者、カッコいい!と遠巻きに声を出す者。ちらちらと眺めるだけの者と色々だ。街中でも学校でも、ベルクが好かれるのはわかる気がする。「愛され上手は愛し上手」の典型だ。きっと「イジメ」なんて無縁のヒトだろう。
ベルクは自分のことを国の恥、とか落ちこぼれ、なんて言っていたけれど、こんな風に普段から愛想がよければ馬鹿にされない気もするよね。本人が無自覚なだけで。
ゴーン、と大きな予鈴の音がミチルの思考を遮る。
「ミチル!大変だ!このままだと遅刻する!」
「職員室でしょ?ぎりぎり大丈夫じゃない?」
「ごめん!僕が校舎を案内するって言ってたのに!」
「ううん。今日は良いよ。また今度ね」
人気者過ぎて遅刻しそうな王子様には職員室までの案内を頼むことにしておきましょう。
【職員室にて】
「本当にひとりで大丈夫?」
「大丈夫!」
ベルクはあたしを華奢に見過ぎだ!そりゃああたしはメンタルがオリハルコンとまでは言わないけど、そこまでか弱くもないんです!
ノックのあと職員室に入ると、ミチルを見るなり「やあ、おはよう」と声が聞こえた。方向には女生徒もいる。
(あれが担任とクラス代表?)
ミチルが手招きの先へ向かおうとしたとき!バターンと大きな音と速風に抜かれた。
「先生!すみません!やっぱり僕も!その!」
ベルクがミチルよりも先に担任のもとに向かってる。
「ベルク……」
「王子」
担任はゆっくりと微笑んでみせた。
「王族として、また、同校に通う先輩者として、監督責任を果たそうとするお姿は大変にご立派です。我が校の学生としても誉(ほまれ)ですよ。ですが。ここまで送り届けてくださりましたら保護者としての責任は終えてよろしいかと?どうぞ御自分のクラスにお戻りください」
教師は、にこやか、かつ威厳に満ちた笑顔で『ハウス!』と言っている。
(うーん!この教師、あたしより若そうなのに!立派!)
ミチルが心の中で拍手している傍で、ベルクは(大丈夫?)と尻尾と耳を下げている。
(大丈夫)声にする代わりに背伸びをしてヨシヨシ、と頭を撫ででみせると、ベルクからスン、と鼻でため息。
「また、放課後ね」
ミチルからの『あーとーで』が届いたようだ。ベルクは「放課後は教室に迎えに行くからね!」と言い残して出ていくと、職員室にはシィンとした静けさが戻った。
「随分と懐かれているんだね。この国にきたのはつい先日だと伺っていたけれど?」
「あたし犬にモテるんです。苗字、犬飼なんですよ」
名字の意味を説明すると、担任とクラス委員が吹き出した。王子を犬呼ばわりできるのはこの世界ではミチルだけだ。
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