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デュカスは考えてからこう言った。
「君にモチベーションがあるのなら、止めはしないさ。承認はする。やりたいのならね。変に話がこじれなきゃいいけど。エリーアス王とはなんの関係もないって最初に言いなよ。──はい、この話はおしまい」
と言ってしかしすぐ付け加えた。
「いやおしまいじゃないか。ソロス、これでいいんですか? ずいぶん若い話ですよね。俺たち若すぎやしませんか?」
「よいのではないかな。お前たちまだ二十代だろ」
「そうでした」
ソロスが移動と付き添いをやってくれるということで少しサラは安心した。噂ではあっても元神官である。そのブランド感は絶大なものがあった。サラとソロスは病室をあとにした。
病室内が静かになり、デュカスとサリアの間に微妙な空気が漂い始める──が、素早くサリアが距離を詰め、ベッド脇の椅子に腰を下ろしたことで一気に空気はふつうの和やかなものとなった。
「ふたりきりになっちゃいましたね」
「はい。……少し前にサラと話し込んだそうで」
「貴重なお話をたくさんして頂きました」
「なんか申し訳ない気持ちです。あなたに嘘をついていた感じで」
「嘘はついてないでしょう。コードネームだとおっしゃってたではありませんか」
「王子というのはどこかで触れておくべきでした。いまとなってはですが」
「いえ、そんなことはありません。聞いていたらべつの見方をしていたかもしれない」
「サラと友人だと言ってくれて、俺としてはありがたいです」
「なぜ?」
「あいつは孤立しがちでね。俺のせいでもあるんですが。やはり軍で女は少ないし特別扱いだしで」
「特別ですものサラさんは。……体、どうですか? まだ痛みますか?」
「昨日ほどではないので。この回復ペースだと夕方にはふつうに歩けるようになるでしょう」
「明日あたり、侍女たち呼んでもかまいませんか? みんな会いたがってるんです」
「あ……、それですがしばらくはまずいです。俺とサラについては終わってはいないということを理解して頂きたい。俺にしてもサラにしてもデルタ・ランブラの戦力、人的資産の多くを削り、多大な損失を与えています。報復は必ずやってきます。で、どこを狙ってくるかと言えば、例えばあなたのような存在です。俺ともサラとも関わりがありますから。おわかりでしょうか。あなたの周りの人々も対象となる危険性がある」
サリアはしばし沈黙した。デュカスは彼女がそれは理不尽だなどといったようなことを口にすると思っていたのだが、そうではなかった。
「だから関わるな、という意味でおっしゃっているのならそれはおかしな話ですね。サラさんを呼び込んだのは私たちバラードです。あなたを歓迎したのは父上です。私は私の意志でここにいます。侍女たちにだって私から話しておきます。なにも問題ないです」
デュカスは複雑な表情をしていた。報復の連鎖は必ずあり、かつ止められないからである。この物語では語られないが実のところデルタ組織内ではすでに別の意味での報復の連鎖が始まっていた。幹部クラスがのたうち回って血を吐き、ほどなく絶命するといった現象が起きていた(──べつにこれはこれでこうしたことは繰り返されてきていてふつうのことなのです──)。これは術者に対して強い敵意を抱いたこと、に対する報復……デュカスの闇の魔法による報復である。始末がわるいのは闇の魔法は使い手の意志とは関係なく発動してしまい、本人のあずかり知らぬところで働くため本人にはおぼろげにしかわからないことだ。闇の魔法は憎悪や敵意に食らいつき常に生け贄を求める性質がある。それを自らのエネルギー源としているからだ。憎悪と敵意なしに存在を維持できない。そのサイクルに軍事組織デルタ・ランブラは嵌まってしまった。デュカスと関わったからである。まだ広くは知られていないことがある。闇の魔法は“人間のものではない”のだ。独立した魔法力である。
本質的にはこれは闇の魔法に限った話ではない。〈人間に魔法というものの完全な制御はできない〉ということにまだ多くの人々は気づいておらず、一部が気づいているとしても彼らはその事実から目をそむけて生きている。魔法に支配された世界ではこれは致し方ないことでもあった。
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