32
丘陵下の荒野に移動したデュカスはまだ戦闘態勢には入っていない。目の前の人間と怪物の組み合わせは彼にとって新鮮な光景であった。荒野に現れたひとりの男と背後の怪物はどちらも敵意、殺意なくデュカスと向き合っている。正しい対応であった。
怪物は体長二メートル弱、長い両腕と首のない体躯が特徴だ。頭部が胴体に埋まった形体、黒を基調とする全体の地に銀のライン、所々蛍光の緑をあしらった外観は人造ミュータントそのものである。
「ようデュカス」
戦闘服姿の男がそう声をかけてくる。男は細い長方形の黒サングラスをしていた。朗らかな声であろうと傭兵特有の殺伐とした雰囲気は隠せない。
「俺はヴァルザック、後ろのやつは型式名十四号、呼び名はクロイツェル。用件はひとつだ。ソロスを引き渡せ」
「断る。捕獲してどうするんだ?」
「人間ベースの兵器に作り替える。彼をベースにすれば悲願の“魔法が使える生物兵器”が出来上がるかもしれない。でなくとも凄まじい生物兵器になるのは確実だ。どのみち廃棄物なんだ。リユースだよ」
「ばかな。許されることか」
「彼は賢者ではない。なにものでもない。禁忌の外にいる存在だ。何も問題ない」
「禁忌の外だから何をしてもいいと」
「何か問題でも?」
「わるい、いまさっきフェリルの国民になったんだ。新たな禁忌の範囲に入ったわけだ」
「……やることが早いな。ま、想定してなかったわけじゃない」
「だから諦めてくれ」
「そうもいかん。捕獲し連行してくるのが任務でね。……というわけでこいつがいるのさ。後は頼んだぞ十四号」
男は移動サークルに沈んでいき、焦げ茶色の荒野に化け物とデュカスのみが対峙する。
デュカスの見立てでは、男の法力は人外のレベルにある。格闘術の実力も同じく。S級には違いない。しかし目の前のモンスターを見ると遠く霞んでしまう。
こうした人造の怪物を相手にするのは三体目。過去に相まみえた二体に共通した特徴は放出系を無効にする外装。近接の肉弾戦に特化した肉体。科学が生み出した肉体ゆえのパワーとスピード。無尽蔵のスタミナだ。一体目は人間ベース型で二体目は知能のないマシーン型だった。
今回の相手は一見した印象からすれば人間ベースではない。マッシブではないものの、均整のとれた全身を構成する肩、腕、胸、太股、ふくらはぎといった各筋肉ははち切れそうだ。
知能を備えるのか確かめるべくデュカスが尋ねた。
「お前は殺戮マシーンなのか?」
怪物は喋った。
「いや、殺戮ではなく特定の戦闘系魔法使いの抹殺を目的として……我は無から作られた」
「そうか。見事なものだ」
「何が」
「まずデザインがいい。洗練された近代的なデザインだ」
「戦いに関係あるか?」
「俺は戦闘に生きている。相手が美しいならそれに越したことはない。といってもお前は敵意を向けてないし、となれば躊躇もする。それだけ強いのなら部下に欲しいとすら思う」
「ありがとう」
「え? 何が?」
「オレの思っていた“デュカス”でいてくれて」
デュカス本人はどういうことだと訝しい表情をしている。
「周りの人間どもは勘違いしているか、認めたくないからか、オレの中身はマシーンであり、そこに感情はなくひたすら任務を遂行するのみ、としているやつが殆どだ。が、実はそうじゃない。作った方からすれば想定外なんだろうが感情はあるわけさ。
……オレにはお前とは戦いたくないという感情がある。なぜならお前のデータがオレの脳にはたっぷり詰まっていて、そうなると他人とは思えないんだ。日常にお前がいる。この戦闘は日常との戦闘なんだ。そこに論理的な解はない。回避できるものなら回避したい。……が、オレは現実としては戦闘系魔法使いと戦うためにこの世に生まれてきてる。運命には抗えん」
デュカスにとっては胸を打つ語りであった。
「だな。俺も受け入れるしかない」
そしてつづける。
「でな、クロイツェル。俺が見事と言ったのはお前が放ってる生体エネルギーなんだ。ゼロから作られてるお前には人間の持つ淀みがない。人間には“欲”がある。人間を人間足らしめてるものだがそこが弱点でもあるのさ。兵器とて欲から生まれている。兵器はふつう、その結果なんだ。でもお前にはその淀みがない。不思議な生命体だ」
「ということはお前にも欲があると。お前の欲はなんだ?」
「魔法の極限を知ること」
「それはいくらか力になれそうだ。オレは魔法は使えないが──」
「そう。お前の動力源は“魔法”だ。しかもとびきりのな」
「やはり運命か」
「お前はほんとうに作り物なのか?」
デュカスが動く、瞬間彼の姿は消え、右のジャブが炸裂する。ゴン、と低い音が鳴り響き衝撃波が周囲に拡散する。
クロイツェルはその一発で体が後ろにズレた。腕のブロックの奥に光る目は煌々と輝きを増している。
デュカスが言った。
「人間より、上じゃねえか」
丘の上に移動してきているサラがつぶやく。「王子、サウスポーだ」
「あんまりないよな」とベリル。
クロムもこの場に来ていたが彼はいま自分と闘っている。逃げ出したくてたまらなかった。しかし体が固まっていてどうにもできず背中に脂汗を流すのみだ。彼はどちらも怖かったが主にはデュカスに恐怖していた。突然に戦闘態勢に入った流れもそうだが発散するパワーがクロムの理解を越えている。デュカスはジャブをかるく振るっただけである。
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