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「お前は……私から聞いたことは伏せろよ。……前のシュエル・ロウ担当だった神官が自分の法力の半分を分け与えたのだ」


「?? なぜ?」


「それは知らん。そいつは監獄に入れられてる。その罪でな」


「そんなことあるわけないです。俺の法力は下界の法力ですよ。天界のが混じってたら少なくとも賢者は見破りますよ」


「神官のやることだぞ。与える際に加工してある。誰にもわからんさ。加工して核に組み込むやり方だろうから。とっくに同化してる」


 デュカスは絶句していた。


「が、結果的には使い勝手のいい便利な存在になってる。そういうことだろう。実際天界の使いっ走りにされとるではないか。お前は魔王にはなれんから安全だしな」


「……その方が監獄行きというのは、なんか申し訳ないですね」


「それがなければ親殺しはなかったんだぞ」


「……トータルで考えればプラスが上回りますよ。しかし……どうりで取り扱いが難しいわけです。使いこなすなんて無理です」


「難しいか」


「自分が危ない」


「そうでもない。私たちは驚いていた。なぜ死なないのかと」


「通常なら死んでますか」


「ああ。ふつうの人間の魂では耐えきれまい」


「やはりそうですか」


「使いこなしているようにも思えるが」


「安全マージンをとって使う、が前提です。いまの俺のレベルだと」


「そうか……ところでこの仕事の報酬はなんなのだ?」


「ああ、あなたですよ。国の人材にするのならしていいし、サポートもするって約束してくれました。今ごろ賢者会に通達がいってるんじゃないですかね」


 ソロスは複雑な表情を浮かべていた。アインはこうなることを見越していたのだ。


──わかったよ、アイン。お前の目論見に乗ってやるよ。どうなろうと私は知らんぞ。どうなろうとな。


 彼はデュカスに告げた。


「デュカス王子。私はフェリルの国民になろう。──王族として命令してくれ」


 デュカスは彼に応じた。


「フェリルにこういう言葉があります。“王族もまた国家への奉仕者でなければならない”と。ソロス。あなたは王族と同じく、国に奉仕なさって下さい。フェリルへの忠誠を誓えますか?」


「誓う」


「では、いまからあなたはフェリル国民です。おめでとうございます。あなたと魔法の神に幸あれ。フェリルに栄光あれ」


        ☆


 デュカスが司令室に赴くとサラ、ベリル、クロムの三人がいて、仕事はどうだったと訊いてくる。


「無事終わったよ。地下から連れてきた人はいま国王と話してる。あまり説明はできない。五六歳の男で名前はソロス」


「元神官じゃないのか」とベリル。


「それは追い追いわかることで、いまは聞かんでくれ」


「いつ聞いていいんだ?」


「ことがスムーズに運んだあとかな。シュエルの賢者会の対応が確定したらたぶん」


「シュエルの賢者会? 重要人物なのは確定か」


 めんどうくさい反応である。デュカスは流すことにした。


「あたしたちはどう対応したらいいんですか?」


「いまは賢者に対面する感覚でいいよ。役職に就いたらそれに合わせればいい」


「……お前かるいな。けっこうすごいことだと思うんだが」


「大半の法力は削られてるし……現状、世捨て人みたいなところはある……とはいえ、ふつうの人だよ」


「どこがだよ。シュエルの賢者会所属になるのか?」


「だからまだ未定だよ、気が早いな」


「俺には報告の義務がある」


「べつにあとでいいだろ」


 時刻は十一時を過ぎている。少し早いがデュカスは昼食をとることにして食堂にあてがわれた部屋に向かった。ひとりで行くつもりであったがなぜか三人とも付いてくることになり、歩きながらなんだよとこぼすデュカス。


 三人とももやもやして納得がいっていないのだ。デュカスが詳しい話を何もしないので。デュカスとしてもソロスと交わした会話の内容は要約すらできないので困っていた。漠然とした話すらどうまとめていいのかわからない。彼自身まだ情報を整理できていないのだ。とにかく頭を整理する時間が欲しかった。


 室内の席には四人しか座っておらず、デュカスの前にしか皿とマグカップはなかった。デュカスだけが食事をしているなか、三人はテーブルに身を乗り出して構えている。仕方なくデュカスが言う。


「いまのところほぼ機密事項。OK?」


「OKじゃないよ」とベリルは不満げだ。


「ずるいです、なんか」とサラ。


「いままであれこれズバズバ語ってきたじゃないですか」とクロム。


「……わからず屋の集まりだな。デリケートかつ繊細な事案ってあるでしょ」


「デリケートと繊細は同じ意味だろ」とベリル。


「ニホン語だと微妙に違うんだ」


 サンドイッチを頬張り、カフェオレでそれを喉の奥へ流そうとした時だった。デュカスはびくんと体を震わせた。

「あ……」とベリルは声を漏らし茫然とする。クロムは身を固めて息を飲む。そのあとようやくサラもそれに気づいた。


 ふたつの不穏な存在。とてつもないパワーの塊と、強大な魔法力──純然たる戦闘系の気配。


 これまでと同じく城下の荒野に危険な生命体がたたずんでいる。論理的には敵性勢力で間違いない。


 デュカスが言った。


「来たか。今度のやつは生命力が半端ない。とどめはサラ、お前がやるんだ。それまでは丘の上にいろ」


 返事がなかった。


「返事は?」


 納得いかない顔をしつつ、サラは答えた。「はい」と。


 デュカスは床に移動サークルを張り、すぐさま身を沈ませていく。


 クロムが声をひそませてベリルに尋ねた。


「王子……これ、デュカスひとりではどうにもならんのでは?」


「かもな。何が起きても不思議じゃない」



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