30

「危険度は増しておる。使い捨てにされたあとは暗殺されるのがオチだ」

 そしてつづけた。

「いや、暗殺ではなく大々的に賢者会によって葬られる末路か。理由などいくらでも作れる」


「にしてもカルナックひとりに集中しすぎですよ」


「カルナックは戦闘の専門家ではない」


「それは昔の話です。いまカルナックは脅威と見なされてますよ」


「そうなのか? ……皮肉なものだな」


 突然ソロスは笑い声を上げた。

「ふはは。なるほどお前はカルナックに比べれば安全だ」


「どこがです?」


「権力欲がない。……アッシュの使いっ走りをしてお前が受ける見返りはなんだ? 追放刑の取り消しか?」


「はい。それに戦闘の機会を得ています。さてソロスさん。俺はあなたを外界に出したいと思います」


 デュカスはそう言ってジャケットのポケットから銀色の指輪を取り出した。


「僅かな法力ですが、アインさんの法力が込められています。欺瞞用です。あなたからは非地上界の法力が放射されていて、これは社会的にはたいへんまずい。この指輪によって放射をシャットアウトできると聞かされてます」


「ここでどうやって生きろと」


「俺からの提案は俺の母国で生きていくというものです。例えば表向きには“異世界からリクルートしてきた賢者”として王族の相談役、担当賢者の補佐など……とはいえ賢者会に話を通す必要はありますが」


「ここで死を待つつもりでいるのだよ」


「人間として生きていくのが辛いのでしたらドラゴン族との生活はどうでしょう。俺の師匠がそうです。ドラゴンたちと暮らしています」


 ソロスの目に精気が宿った。


「そんな生き方があるのか」


「気性が激しい連中なんで苦労はあるでしょう」


「そうかフェリルの領地だったな」


「はい」


「行って確かめる価値はありそうだ……が、考える時間をくれ」


 デュカスはテーブルの上に濃い青のタバコの箱を置き、その上に銀色の指輪を載せる。


「受け取るかどうかはあなた次第です」


 それからデュカスはただただ待った。どれだけ時間が経ったのかわからない、ソロスは唐突に語り始める。


「もう忘れておったのだが、アインの名を聞いて細かなことがいろいろと甦ってきた。不思議なものでな。嫌なことしか記憶には残らなんだ。嫌なことだけが繰り返し繰り返し脳裡に浮かび、それがまるで世界のすべてであるような。──お前にはそうした時期はなかったのか?」


「僕はいきなりノウエルに放り出されましたから、とにかく適応に全力を尽くすしかありませんでした」


 僕、という単語が自然に出てきたことにデュカスは感心していた。


「そうだったな。想像できんが、ノウエルでの生活はどうだ? 庶民としての暮らしであろう」


「わるくないです。学ぶことはたくさんあります」


「賢者会にしてみればお前の法力を減らすことも目的のひとつだったはずだがそうなっておらぬな。なぜだ?」


「適応できたからですよ」


「なぜ適応できたのだ?」


「それはのちのち語ることになるでしょう」


「そうか。……なあデュカス、私は外界で生きていけるだろうか? お前の目から見てどうだ」


「ソロスさん。下界で人間としての生活を営んでいかねばならないのは、あなたにとって受難でしょう。ですけどいま生きてるってことはあなたには役割があるってことですよ」


 ソロスははっとした。脳の奥底に押し込み眠らせていた天界でのある記憶が突然甦ってきたからだった。忘れていたのにと恨めしく思いもしたがそれは一瞬で、すぐに(そいつは違う)と自分に言い聞かせた。


 ユニコーンの輝くたて髪が彼の脳裡を埋め尽くしている。いまこの時は重要な時なのだと彼は理解した。目の前の男に天界に通じる光を見い出していたからである。この男はさまざまなものを背負わされている──自身の意志に関係なく否応なしに背負わされていて、にもかかわらず不平をこぼすことなく受け止めている──私はこのままではクズだ。世界のゴミだ。いやゴミ以下の塵だ。


 ソロスは言った。


「タバコ一本くれるか」


 デュカスは軍服のポケットから新品のスカイブルーの箱を取り出してソロスに渡す。


「ベルファストという銘柄です。母国のタバコです」


 テーブルの上の濃い青の箱を指してソロスは問うた。「そっちは?」と。


「メビウス。いま暮らしている世界のタバコです。そちらでもいいですよ」


「両方貰おう」


「どうぞ」


 ベルファストの封を切り一本取り出してくわえると彼は魔法で火をつけ一服し始める。


「お前、ユニコーンと話したことは?」


「ありますけど別の世界のやつですね。シュエルのやつらは人間族を避けてますから」


 ユニコーン族は天界と下界を行き来する者たちとされている。どこの魔法界であれ概ね神聖視されている存在だ。


「やつらがお前の話をしていたのを思い出した。……魔法の神に愛されたい、魔法の極限を知りたいという情熱に憑かれた男だとな。ユニコーン族の間でも興味の対象のようだ」


「下界では謎の生命体です。アインさんに訊いてもあれが何なのか教えてくれないし」


「あれも使徒さ。神官は直接には関われんから代わりに働いて貰ってる。……話していいのかはわからんが……」


 そう言って言葉を切り、深くタバコを吸ったあと煙を吐く。


「法力の樹というものがあり、その樹には法力を蓄えた果実が生るのだ。ユニコーンはそれを食し、下界へと降り、決められた分配に従ってその世界の人間に法力を与える──大抵は賢者となる者が対象だ」


「……戦闘系は?」


「戦闘系なんぞに付与したら世の中大混乱だ」


「俺は?」


 いつの間にか俺に戻っていて彼は自分自身不思議でならない。





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