35

 やがてクロムが戻ってくると彼は知らない初老の人物と一緒だった。ノーネクタイのスーツ姿の男。ソロスである。ベリルは現れた男の雰囲気を見てすぐに誰であるのか気づいたようだがサラは不思議そうな顔をしている。


 ソロスがふたりに声をかけた。


「ごきげんようサラくん、ベリルくん。自己紹介は早目がいいかと思ってな。ソロスと申す。デュカス王子に城の地下から引き上げられた人間だ」


「あーどうもはじめまして」


 サラは得心した明るい声で答えていた。


 そんなサラにソロスは言った。


「本音を言えば亜空間なしにやってみたかったのではないかね?」


 サラは黙っていた。


「そうなのか?」とベリル


「……いえ。いいえ」


「こいつ二戦してますから」


「見とったよ。今日から私もフェリル国民となる。よろしくな」


「そうなんですか?」

 きょとんとしつつサラはそう声を上げる。


「ええ!?」と驚いているベリルであった。


「まだ本決まりではないんだが。デュカスが賢者会に話を通すのだと。……ではな。私は城に帰る」


 魔方陣の立ち上がりが早い。沈み込みも早い。ソロスは風のように荒野を去っていった。


 焦げ茶色の荒野には怪物の残骸が転がっていて、ベリルはそれを見つめている。クロムが問うた。


「デュカスの勝因は何だったんでしょう」


「スピードで上回ったとしか。……だなサラ」


「見たまま……しかわからないです」


「最初の一撃でかなりダメージを受けていたような」とクロム。


「怪物はわかってなかった感じに見えました。痛覚がないからかな?」


「怪物の作り手側がデュカスを研究していたように、デュカスもまた怪物を想定して技を開発していた──ということだろう。デュカスに訊いたら教えてくれるかな」


 地面に横たわって目を閉じたままのデュカスを見やりベリルはそう言った。


「たぶん漠然としか話さないと思います」


 残骸が風にさらされている。

 ベリルが何かを吹っ切るようにして、ファウラーを用いて残骸を燃やした。黒い煙が立ち上がり、しかし儚げに虚空へと消えてゆく。


 ベリルがため息をついて、それに合わせるかのようなタイミングでデュカスがむっくりと身を起こした。そこからゆるゆると苦しそうにして体を動かし地面にあぐらをかく。


 ふぅ、とひと息入れてから彼は言った。


「タバコを吸う気力もねえ」


 ベリルが歩み寄っていきデュカスの左横の空間に手をやって亜空間ポケットの口を大きく開いた。そのポケットからキャンプ器具を抜き出し、彼はケトルの準備を済ませるとお湯を沸かし始める。眺めていたサラとクロムも地面に腰を下ろした。


 ベリルはコーヒーの用意をし、一連の作業に入る。コーヒーサーバーに四人分作り終えると彼はデュカスを見やった。


 そうこうするうちにデュカスは涙をこぼしていた。それを目にしてサラは息を飲んだ。


「なぜ泣く」とベリル。


「あいつはわるいやつじゃなかった」


「そうだな。敵に感情移入するのもどうかと思うぞ」


「べつに戦う必要はなかった」


「かもな。が、戦いそのものはお前の血肉となってる。あいつはお前の生け贄の役目を果たしたってことだ」


 ベリルはサーバーから四つのマグカップにコーヒーを分けていく。


「生け贄はいけねえ」


「泣きながら言われてもな」


「俺が戦いたいのは人間なんだ」


「思い通りにはいかんもんさ」


「なんにもならない」


「だろうな。でもそれが相手の狙いかもしれんし……まあいいや、とにかく飲め」


 ベリルはそう言ってマグカップをデュカスに渡した。


 四人のコーヒータイムがつづき、ソロスが話題に上がっていた。あんな浮世離れした人間がフェリルでやっていけるのかと。


 デュカスは「やっていくしかなかろうさ」と答えた。「誰だって環境にアジャストさせて生きていくしかない」とつづける。


「ストラトスさんみたく森でって生き方もあるし」とサラ。


「それも一応提案した。興味はあるみたいだ」


「ああドラゴン族と暮らすか……その方がしっくりくるな」


「戦力としてはどのくらいなのだろう」とクロムが問う。


「いや、そこは考えてないです。まあほら多様性ってことで」


「あんまり優秀だと賢者会が引き抜きにかかるだろうな」とベリル。


「唯一心配なのがそこ」


 冷たい風が吹き、彼らは城に戻ることにした。ベリルがキャンプ器具を亜空間ポケットに戻し終えるとデュカスが言った。


「クロム、わるい。医療チームを呼んできてくれ」


「ん? 見たところ目立った外傷もないが」


「カラダが痛くて動けん」


「なんだ、早く言えよ」とベリル。


 全員が丘の上に戻るとそこには護衛に囲まれたエリーアス王がデュカスたちを迎えた。ずっと待っていたのだ。国王は衛士に肩をかつがれているデュカスに歩み寄り、彼を抱擁した。衛士はわきへどかねばならなかったが、衛士は国王の様子を見て涙をこぼさずにはいられなかった。


「言葉にならぬ……デュカス、ご苦労だった」


 国王はその言葉を絞り出すだけで精一杯だった。




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