34

 地面に移動サークルが浮かび、そこから戦闘服姿の男ヴァルザックがせり上がってくる。

 黒サングラスを外して彼は言った。


「汚いがわるく思うな。インターバルなしだ」


 よろめきつつデュカスが返答する。


「ハァ……ハァ……、もうひとりフェリルの戦士がいることを……忘れてないか……?」


「サラ・リキエルがどうした? 俺の相手になるとでも?」


 するとデュカスはがくんと膝から崩れ落ちた。そのままうつ伏せになって地面に倒れ込む。


「おいおい戦う前に終わりか」


 すかさず地面に移動サークルが現れ、そこからサラが姿を見せた。殺気の塊となっている。妖気すら漂うありさまだ。


「あんたの相手はあたし」


 ヴァルザックはサラに対して不愉快極まりない、といった視線をくべる。


 彼は言った。


「雑魚はわきまえろ、法力の差がわからぬわけでもあるまい」


 その時だった。ズン、という衝撃とともにヴァルザックの体に空から何かが降ってくる。目に見えぬ力で全身が上から押さえつけられるような感覚。全身が重く、それは彼を畏怖させた。体が動かないわけではないが思うようには動けない。


──これはなんだ!? 縛!? いやサラにこれほどの術は使えんはず!


 ドドゥ!と派手な音とともにサラのコンビネーションがヴァルザックを襲っていた。ブロックはしたもののどれもが重く、彼は一気に法力を減らした。容赦のない打撃がつづく。渾身のフックとストレートしかサラは撃ち込んでいない。短期決戦しか選択肢がないからだ。


 ヴァルザックは防御に徹するしかなかった。ガードを固め、身を揺らし、どうにか直撃は回避している。反撃の間はなくサラの左右の拳は着実に相手の法力を削っていく。


 やがて撃ち込みの音は轟音となって鳴り響き始めた。ヴァルザックの動きが止まり、シールドに直撃するサラの打撃音がつづく。


 ゴッ、という低い音が鳴った。右フックがアゴを芯で捉えたのだ。もはやシールドを纏う法力すらヴァルザックは失っていた。崩れかかるヴァルザック。しかしサラは崩れるのを許さない。彼女は攻撃をたたみかけた。


《蔓薔薇》


 古典的な攻撃魔法で具現化した蔓を標的に巻き付け、縛り、身動きをとれなくする術である。ヴァルザックは地面から立ち上がった太く荒々しい蔓に包まれる。全身を覆う緑の蔓は、顔面だけを丸く残し露にさせている。


「ぐ……」そうヴァルザックは呻き声を発した。


 サラの右腕に赤い電光が瞬いている。近接攻撃魔法バドゥが発動し獲物を求め電光が身をくねらせるようにして輝きを増してゆく。


 絶望のなか、声が漏れる。


「なぜ……」


「ここ一帯は王子の作り出した亜空間になってる。そこでは標的に重力がのしかかんの。この魔法を使ったから王子はぶっ倒れてんの。あたしがいなければ自分でやってる」


「くそ……」


 サラは標的に別れを告げた。


「あばよ」


 そのあと彼女は赤い光弾と化した右正拳を顔面に叩き込んだ。蔓の隙間から血がほとばしる。


 ヴァルザックの脳裡に瞬いたのは故郷の貧民街での生活だった。彼は自分の秘めたる戦闘力のみで生き抜き、社会をのしあがり、デルタ・ランブラに引き抜かれるまで、身を置く分野でのしあがること、ただそれだけに一心不乱であった。自分が落ち着いたと感じ、自身を見つめ直すようになったのはデュカスについてレクチャーを受けてからである。


 これほどに危険視され憎まれ嫌われている人間を彼は知らなかった。直接嫌な思いをしたわけでもないのにデルタの幹部連中はデュカスを嫌悪していた。根拠はよくわからない。ヴァルザック自身はむしろ惹かれる思いを抱いていた。もし自分がシュエル・ロウで生まれていたら。フェリルで生まれていたら、とそう考えてしまうほどに。間違いなくエリート扱いだったはずである。できれば語り合う機会と時間が欲しかった。べつの出会いがしたかった──


 彼は無念のなかにあった。どこかで人生を間違えた。どこかとはデルタとの関わりだ。しかし、それを選んだのは自分であり、それが自分の人生だったのだ。

 ヴァルザック。彼の悲劇は戦えるだけの能力を備えながらデュカスと戦えなかったことである。


 ゆるりと腕を抜き、血を払うサラはデュカスに目をやる。肩を上下する彼女は息を整えると、いまは仰向けになって横たわる王子に駆け寄っていった。


 近くにいくと我が王子はゼェゼェと息をついていた。


「処理はどうします?」


「十四号は解体……男は焼却……」


「はい」


「助かる……」


 サラはまずファウラーを使い、男を蔓薔薇ごと燃やし尽くした。それが済むと右腕にバドゥをまとい、バドゥの赤い光を延ばして剣の形に調整する。その赤光の剣を使い地面に横たわる怪物の肉体を切り刻んでいった。


 作業に取りかかる前に彼女は、

(まだ死んでないんだ……)と胸のなかでつぶやいていた。倒れて動きはしなくとも生命力自体は維持されていたからである。どういう構造なのだろう? と疑問に思ったが、自分にわかるわけもないので考えるのはやめた。


 作業が済むと、となりにクロムが現れて、彼はしゃがみこみ、持ってきたアタッシュケースを開いて細切れになった肉塊を三つ拾って収納すると丘の上に持ち帰っていった。

 一緒に降りてきていたベリルにサラが尋ねる。


「分析?」


「ああ、とりあえずな」






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