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怪物も即座に豪腕が繰り出す打撃を返した。左フック、右フック、空を切ってはいてもそれぞれが暴風を生み出している。その動きには余裕があった。耐久性を重視した肉体である。打撃を食らったとして痛みがあるわけでもない。相手は人間でありいつかは動きが鈍る。
──だがその考えは捨てなければ。デュカスとの戦いに優位はない。仮に動けなくなったとして相手はまだ戦えると考えろ。やつの命が消えるまで安心するな。
怪物クロイツェルの打撃が放たれ、デュカスがかわす展開がつづく。
デュカスは相手を知ること、把握することに専念していた。これまでの経験から打撃の交錯にあまり意味がないことを彼は知っている。基本的に生物兵器は打撃を食らうことが平気なのだ。交錯から隙を見いだそうとしても無駄である。体術の全体像と細部を知ることが先決だった。そのような理屈が通用する相手ではないかもしれない──そうも思うが、いまは体感を優先する。
“必要なのは直撃”それが彼の体感が弾き出した答えだ。
荒れ狂う打撃の暴風のなか、デュカスは苦しさを感じ始めている。
わかってはいた。あたらずとも怪物の打撃力はシールドを越えて届く。衝撃波までは防げないからだ。同じことは怪物側にも言えた。どれほど堅牢なボディであれ打撃力は届く。高い耐久性と無尽蔵のスタミナは削ることが可能だ。有効な打撃があたればである。現実には反撃の間はなかった。これは怪物が防御にも優れることを意味していた。デュカスが何をやるかを知っているのだ。
加えて怪物はデュカスの体術を把握し始めている。打撃の精度が上がってくる。デュカスはさらに苦しくなる。ストレートもフックもアッパーもそれぞれが精度を上げ、かするだけでもデュカスは削られてゆく。
ドゥ!という低い音が鳴り、怪物クロイツェルの動きが瞬間止まった。
それはデュカスの自然なムーブであった。怪物の蹴りを混じえたコンビネーションが放たれた際、デュカスは距離を詰め右ヒジを怪物のみぞおちに叩き込んでいた。クレーターの如きへこみが怪物の胴体に浮かび上がり、怪物は一端後方に跳んだ。慌てる必要はない。タイミングがたまたま合わさったにすぎない。想定を越えるほどのダメージはなかった──はずだった。
一歩が出ない。報復の打撃を求める声と“待て”の声の両方が頭のなかで響く。
デュカスはハァハァと息をついている。
──これは?
相手の様子を見て怪物は疑問に思った。つまり激しい法力消費があるということだ。
──あの一発で? 何をやったのか?
そうクロイツェルは考える。データにない技なのか? 単なるヒジ攻撃ではないのか?
デュカスが言った。
「……十四号。お前は最新の型なのか?」
クロイツェルが返答する。
「……そのはずだ」
「なら、なんとなく納得もいく……世界は……世界はほんとに垣根を越えてるんだな……お前は世界の結晶だ……」
「……?」
ゴオッ!というおぞましい音が荒野に鳴り響いた。デュカスの右ヒザが怪物クロイツェルの頭部に食い込んでいた。歯を食いしばったデュカスの、全身全霊をかけた一撃である。怪物にブロックする間はなかった。大地に着地するデュカス、よろめく怪物。しかし怪物は倒れるのを踏ん張った。そこへデュカスの左ストレートが撃ち込まれる。耳をつんざく轟音とともに左拳は頭部に突き刺さり、衝撃波が背中を突き抜ける。
王の間にいるソロスは目を閉じて椅子に座っている。そうやって戦況を《千里眼》によって見ていた。
──デュカス、それがお前にとっての法力のパワー転換、スピード転換というものか。恐れ入るな……しかしお前は気づいているのか? それはお前自身の力なのか? 私にはとてもそうは思えない。専門外が見てもよくはわからぬがそれは外部より与えられた力にすぎないのではないか?
ソロスのなかでは相反するふたつの感情が渦を巻いていた。ひとつはデュカスが備える魔法力の大きさと使いこなしの業に惹かれる思いであり、もうひとつはそれらに惹かれる自身に対する疑念だ。
──これは一種の“支配”ではないのか? 私は支配されることを内心では求めているのか? むろんデュカスは私を守るために戦ってくれている。特異な存在である私は守って貰う必要がある。しかしそれでいいのか?
ソロスには答えが出せなかった。
ドン!とけたたましい轟音が鳴り響く。デュカス渾身の右フックが放たれていた。グシャッと潰れる音を立てながら怪物の全身にクレーターが広がり、外装にヒビが入り、そのヒビも一気に広がる。そのままの態勢でゆっくりと後ろに傾き、大地に倒れ込んでゆく──
怪物は、意識が遠のいていくなかでビジョンを見た。どこまでも広がるベージュ色の草原である。草原の上にはやはりどこまでも広がる空が広がっていた。これはデュカスが送ったビジョンかもしれない──違うのかもしれない。記憶媒体内のデータにはデュカスの発言も含まれている。
デュカスはかつて言った。俺たちの脳には自分が知らない情報も詰まっているのだと。もし何かを突き詰めようとするならこれに触れ、奥から引きずり出す必要があるんだと──そういうことかもしれない。草原には無限の風が吹いていた。
クロイツェル。彼は無から作られたと言った。しかし魂は? 魂はどこから来たのか。彼はそれを知らない──
音を立てて怪物が大地に倒れると、デュカスはふらつきながら後ろに下がる。そして、構えをとる。まだ終わってない。
彼には次の戦いが待ち受けていた。
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