36 ビオレッタ

 ベリルの情報網から軍事組織デルタ・ランブラの戦力が弾切れである情報がもたらされ、バラードは戦時体制・戒厳令が解除された。

 ベリルとクロムも任務を完了したとして母国ソミュラスに帰還。国全体が動きを取り戻していくなか、デュカスは病室で眠っていた。実際には体の痛みで頻繁に目を覚ましていたのだがそれでも構わず彼は眠ることに集中した。結果的にそれが回復の近道であるからだ。法力は休養によってリカバーでき、リカバーされた法力によっていくぶん肉体も治癒の方向に向かわせることができる。しかし今回は神経までダメージを負っているように感じる。無理があったのだ。


 日が明け、時刻は十時。デュカスの病室にいたサラに対して奇妙とも言える呼び出しがあり、彼女が案内人に連れられて一室に入るとふたりの若い女が待ち受けていた。ひとりはサリア王女で挨拶を交わしたがサリア姫の顔はこわばっている。


 白いパンツスーツ姿のもうひとりが言った。


「次女のビオレッタです。そちらの都合にかまわず呼び出したことは詫びます。いまよろしくて?」


「はい……、どのような用件でしょうか」


 あ、三姉妹の真ん中か。凄い美人!とサラは思っていた。


「国王が話にならないのであなたに相談です。ガルーシュの隣にペルージュという国があるのですが、いまペルージュではガルーシュ侵攻の準備が行われているのです。両国は国境沿いの領地を巡って闘争してきていて、ペルージュはいまが千載一遇の機会と捉えている。このままでは双方に犠牲者が出ます」


「ああ、、そうですか。そうなんですね」


 むろん、サラがガルーシュの戦力を大きく削ったからである。またデルタ・ランブラとの提携には大きなコストも掛かっていたはずで、資金難も容易に推測できる。


「その土地に住民はいないとはいえ、軍対国境警備隊の戦闘が起きてしまいます。国王は関わるなと申して放置するつもりです。ペルージュは友好国ですから我々は思い止まるよう進言すべきなのに」


「でもそれだと内政干渉に……」


「その言い訳は聞きたくありません。人道上の危機、悪なのは明らかなこと。なにもしないのは悪です」


「それは賢者会の仕事なのではないでしょうか」


「その言い訳も聞き飽きました。賢者には賢者の都合があるのでしょう。我々は我々の世界で争い事を減らす努力をしなければなりません」


「それでわたくしにどうせよと?」


「あなたはいま全世界の人々が知る有名人ですから、ペルージュの王も耳を貸すことでしょう。もちろんそれで思い止まるかどうかはわかりません。でもやってみる価値はあるかと」


「……」サラは困惑して考え込んでいた。あたしにそう言われても、と。

(あたしが有名人?)

 突然言われてもどう返していいのかわからない。


「こんな言い方はあれだけど、あなたにも責任があるのではなくて?」


「姉さま!」サリアが怒りの声をあげて姉の頬にバチンと張り手を振るった。

「命がけで国を救ってくれた恩人になんて言い方ですか!」


「ああ? 殴りたければ殴るがいいさ。……力ある者は、その力の影響するところも責任持つべきよ! 違う!? 影響は知らんぷり?」


「問題はペルージュでしょう!」


「あなた国益のこと考えてる? 周りの国からは“力による現状変更を行った国の友好国”って見られるのよ」


 サラは静かに言った。


「責任の範囲を越えています」そしてつづける。「前提の話を致しますと、わたくしは軍人なのです。こちらへの出撃も上司であるデュカス王子の承認があって参りました。承認か命令がなければ動くことはできません。これが前提です。そしてわたくし自身の意志としては関わるべきではないという意見です。エリーアス王の意志と相対する行動となるからです」


「なるほどデュカス王子次第ということですか、わかりました」


 そうビオレッタ姫は早口で述べるとすぐさま床に魔方陣を張り、そこへ身を沈めていった。

 彼女は魔法使いなのだ。サラは気づかずにいた自分を恥じた。


──あたしはいま弛んでいるということか。いかんなあ、あたし。自分を立て直せ。


 サリア姫が言った。


「あ、急がないと。私たちもデュカス王子の元へ。連れていって下さい」


「いや、、歩いて向かいましょう」


 王子なら適当にやり過ごすはずだ、という確信がサラにはあった。急ぐことはあるまいと。それよりは──


 部屋を出て廊下を歩きながらサラは訊いてみる。

「お姉さまは平和主義なのですか?」


「違いますね。傾向としてそうだと言うだけで。ペルージュは友好国ですので姉さまは留学経験があるんです。一年ほど」


「思い入れみたいなものが強いと」


「ではないですかね。いま気づいたのですがデュカス王子は姉さまに耳を貸すかもしれません」


「え? どうしてです?」


「私にはわかります。タイプとしては、姉さまはデュカス王子のタイプですよ」


「ああ……」


 言われてみて確かにそうだとサラも思った。ビオレッタ姫は美人である上に肉感的なのだ。細身であるのに肉感的という男の理想を絵に描いたような女である。性格もなんとなく王子好みのような気がする。


「いくつなんですか?」


「二九です。姉さまの方は前回まったく近くには寄ってないのですが」


「ああ、王子に」


「私の侍女たちから根掘り葉掘りいろいろ聞き出したようで、最近興味を持ち始めているのです」


「ふうん……王子だから?」


「それもあるかと。ちょっといまいましいですけど。そんなこと言っちゃいけないか」


「いまいましいですか」


「正直ね」


 サラはやれやれと思いはしたものの、まかり間違えばややこしい話になりかねないので、どう振る舞うべきか慎重に考えようと自分に告げる。まかり間違えば王妃に……いや、そんなことは想像したくなかった。いや、そうは言っても巧妙に誘惑されたら? たいていの男はいちころではなかろうか。王子はこれまでそちらの面の話がなかったわけではない。噂はあれやこれやとあってきている。


──こ、国益を考えなきゃ。こ、国民のひとりとして考えろあたし!



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