37
少なからず混乱ぎみのなか、サラは病室に着くと、ノックをして返事を待たずノブをひねった。
ドアを開けるとデュカスがビオレッタ姫に耳を引っ張られているところだった。
「痛いです痛いです」とデュカス。ベッドの上の彼はなすがままであった。
「あなたがわからず屋だからでしょうが!」
「国王の依頼なら考えますけど、仕方ないでしょう」
「まだ言いますか?」
「痛いですって!」
入ってきたサラとサリア姫に気づいて彼は言った。「助けて」と。
サラはビオレッタ姫に向かって言った。
「まあ、王子の命令があれば多少は動きますよ。体は動けますから」
「命令の根拠がない」とデュカス。
「うーん、そうですね、ビオレッタ姫の依頼に基づいて、というのはどうです?」
「そこまで深い関係ないし」
「人道上の問題でしょうが!」
もう耳は放していた。しかし怒りの剣幕は増している。
「説得の命令を出しなさい!」
「内政干渉ですよ。しかも異世界の人間です」
「同じ人間に変わりはありません」
「国王が放置というなら従うのがあなたの立場です」
「私は父上の人形ではありません。目の前に犠牲者が確実に出る状況があるんです。なぜ動こうとしないのですか」
「仮にサラが向こうに説得を行いに行ったとします。嫌な思いをするのはサラです。筋違いのことをしても揶揄されるだけです。侮辱すら受けるかもしれない。そういうことをされて当然のケースです。俺にはその光景が目に浮かびます。ならばそんな場に部下を送り込むことはできません。──やるべきことなら部下ではなく、俺自身が行きますよ。しかしこれはやるべきではない。ことは自然な流れなんです。なぜ賢者会が闘争を容認しているか。闘争にこそ、人間の本質があるからですよ」
「その戦闘系の自己正当化はヘドが出ます。本質? だから闘争が肯定されると。恥を知りなさい王子デュカス。そんな戯言は軍事国家の内側だけでやりなさい!」
「そもそもガルーシュが防衛のみに注力していればこんな事態にはなっていないわけです」
「論点をすり替えないように。過去の話はしておりません。それだと自業自得で済まされてしまう。私は人の命の話をしています」
「命の話はできません。ペルージュとはなんの関係もないからです」
「命の選別になりませんか?」
「選別しますよ」
燃えたぎる瞳でビオレッタ姫はデュカスをにらみつけ、ベッドの上のデュカスを殴ろうと右腕を広げた──
しかしその腕は魔方陣から浮かび上がったスーツ姿の人物に止められた。
ソロスであった。
「あなたの話はすべて伺った。少し時間を頂きたい。私もペルージュには縁がありましてね」
「あなた……初めて見たけど、あなた地下にいた人?」
「はい。この世界に来て最初に暮らしたのがペルージュだったのです。私がふたりに……王子とサラに話してみますよ」
「期待してよくて?」
「期待はしないで頂きたい。無理を通す、ということですから」
「わかったわ。このわからず屋たちをなんとかしてくれたら、あなたには褒美をあげる。……いったん退くことにする」
そう言い残して彼女は退室していく。サラはあっけにとられていた。ビオレッタ姫の剣幕に気押され、人間力とでも言うべきパワーと厚みに圧倒されもしていた。こんな人がいるのだ、と妙な感慨もあった。デュカスと正面切って言い合える人物は……ああフェリルにはけっこういるにはいるのだが、あれほど見事にやり合える人物はそうはいない。
デュカスが言った。
「俺をどう説得するんですかね」
「サラの教育だ。さまざまな経験は無駄にはならない」
「そんな教育課程はありません」
「なくともだ。無理を通すことに意味がある。ここの姫君の意向に沿って無理を通す……難しい案件に関わる……そういったことは将来を鑑みれば必ず糧となる」
「すごい屁理屈ですな」
「ゆっくり考えてみろ。彼女の言ってることは間違ってるか?」
「人道上、という点には理がありますよ」
「あるではないか」
「あ、サラはどうなんだ? ほんとのところのモチベーションは」
「複雑です」
「なにがどう複雑?」
「あたしは勝手にサリア姫のことを友人と思ってるんですね」
「友人です! 私にとっても友人です!」とサリア姫は叫んだ。
「で……、サリアさんはあたしのために、自分の姉をひっぱたいているんです。かなり思いっきり」
デュカスは驚いていた。
「で、あたしから見るとビオレッタ姫は、サリアさんの姉君なんです。時間が経つと、正直、力になりたいと思う自分もいるんです。どうせ無駄だけどそれでビオレッタ姫の気持ちが治まるのなら、それもいいか……と」
「常識外れの行為だぞ」
「それでもいいです。それ王子が言います? あたしはさっきのやり取りを聞いてて、王子とビオレッタ姫が鏡に取り囲まれているような気がしてました。王子と彼女は同じですよ。同じ世界じゃないけど同じ領域にいますよ」
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