39

 午後二時。サラとソロスはペルージュ城内に身を置いていた。高さ二○メートルはあろうかという城壁に囲まれた巨大な門の前にふたりは移動し、国王との接見を申し出たところ相手はスムーズに受け入れてくれた。彼らはすでにソロスのことは知っており単なる付き添いであることは承知していた。事前にエリーアス王から連絡がいっていたようである。


 王の間に案内されペルージュ王ベンゲルを待つふたりのもとに豪奢なマントを羽織る人物が姿を見せる。豊かなひげを生やし、いかにもな堂々たる王を演出している。


「おおサラ殿、歓迎するぞ。お主のおかげで道が拓けた礼を云う」


「はじめまして国王さま。とり急ぎ申し上げたいことがありまして参りました。これはエリーアス王の意志とはまったく関係のない、わたくしの勝手な行動だとご理解下さい。国王さま、どうか係争地への侵攻計画を取り止めて頂きたいのです」


 ベンゲル王は玉座に腰を下ろすと、相手を諭すような口ぶりで言った。


「不思議な申し出だな。我らの土地を我らが取り戻す。あるべき状態に戻すというだけだが」


「軍事行動ではありませんか」


「合法なのはお主が住む世界と何ら変わらぬはず。住人はおらぬ。覇権目的なら非難も仕方ないがそうではない」


「詭弁です」


「合法、なのだよ。サラ殿、ご自分がやられていることが“恫喝”であることに気づかぬか? 我らは我らの土地の主権を取り戻そうとしているだけだ」


「力による現状変更には変わりません」


「力以外に何か変わりますかな? とてもフェリルの軍人の言葉とは思えませぬ……王子殿もバラードにいるはずだが、王子殿はなんと?」


「……内政干渉だと」


「答えは出ているではありませんか。お引きとりを」


「これは禍根を生み、今後も連鎖していきます」


「むろんそうであろう。だが連鎖が何かね? 歴史とは戦いの歴史だ。お引き取りを」

 しかしサラは動こうとしなかった。

「このような機会になにもしなければ、私が国民から非難を浴びるのだ」


 ソロスが後ろからサラを引っ張り、下がらせる。「では失礼します」と言ってサラを引き連れ退室していった。


 城壁の外に出るとソロスが言った。


「休んでから帰ろう」

 そしてタバコを取り出すと一服し始める。


「止める方法はないんでしょうか」


「なくもないが、ないも同然だ」


「方法とは?」


「力による恫喝だ。私は止めないよ」


「……」


「お前のせいではないしバラードの国益とも関係ない。お前が関わろうとするのはお前個人の良心の呵責からか?」


「いえ」


「違うよな。義理立てにすぎん」


「でも影響に責任がある、という指摘は正直へこみました。そんなこと考えもしなかったので」


「どうにもならん。そもそもガルーシュがバラード侵略に兵力を集中させたことが発端だろ。ガルーシュに責任があるのだ」


「そんなことはわかってます」


「わかってない。歴史のうねりに個人が対抗できようか。うねりを起こさぬよう、政府が戦略を練り、適切な対処を随時行っていく……それしかなかろう。ガルーシュ政府はそれを怠ったのだ」


 反駁はできなかった。


「翻ってフェリルを見てみよう。デュカスは対賢者会、対国連、対デルバック、そして対内政と絶え間なく対処してきているはずだ」


 反駁はできなかった。


「余計な軋轢を生み出すな。バラードに迷惑がかかるぞ」


 サラは肩を落としていた。無力さを感じざるをえない。なにも期待せずにやってきたのに実際には気が滅入るほど自分は落ち込んでいる。自分はなにをしているのか。


「帰りましょう」

 サラはそう言ってソロスを急かした。


 バラードに帰投したサラが集いの場となっている司令室に赴くと、かるい敗北感に包まれた彼女を待っていたのはエリーアス王であった。背後にお付きの衛士たちが並んでいる。


「ご苦労であった。我が娘のわがままに付きおうてくれたこと、感謝する」

 そう彼はサラをねぎらう。


「くやしいです」


「ひとつ予言をしておこうか」


「え? 予言ですか。はあ」


「お主のやったことは無駄にならない」


「そうですか?」


「彼は不安なのだよ。国民から自分がどう見えているか、そのことに神経をすり減らしている。なぜならそれほど国内は安定してないからな。バラードと友好関係を結び、私と友人関係になろうとしたのも“安心”を求めた結果だ」


「はい……」


「彼は次になにを求めるだろうね?」


 エリーアスは椅子から立ち上がり、そのままサラに背を向けて司令室を去ってゆく。お付きの衛士たちも一緒に去ってゆく。


 午後五時頃、病室のデュカスは王の間に呼ばれた。かなり回復してきているデュカスはすぐに応じて移動サークルを床に張り、王の間の前に移動していった。

 衛士が扉を開けてくれて、部屋に入るとエリーアス王が受話器を手に彼を待っている。


「ペルージュのベンゲル王から電話だ。用事があるらしい」


 なんだろう? 苦情かなと心の準備をするデュカス。受話器を受け取ってとりあえず挨拶した。


「お待たせ致しました。デュカスです。こんにちは」


「うむ。いくつか疑問があってな。サラ殿は誰の依頼でやってきたのだ?」


「私の口からは言えません。そのうちわかると思います。経緯が。私があなたの身代わりになってやいやい言われた経緯などです」



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