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「そうなのか。ああ、そちらで揉め事があり、その落としどころが彼女であったと」


「流れ的にはそうです」


「なるほどな。で、もうひとつ訊きたいのは、軍の派兵について君だったらどうしているのか? ということだ。私の立場であったら」


「今回は見送ると周りに言います。一応、理由付けとして卑怯なやり方はよくない的なことを言ってるんじゃないでしょうか」


「なぜ見送る?」


「今回のガルーシュとバラードの戦いに危険な魔法使いが関わっているからです。大きな魔法力というのは、人間に制御できない影響力を持っているものなのです。しかもその危険な魔法使いが今回用いたのは禁忌に属する魔法です。どこまで、そしてどのような影響をもたらすかわかりません」


「それは……例えば禁忌となった地域を開発しようとすると不幸が連続する、といったような現象、似たような現象があるかもしれぬと?」


「まさにそうです。ですから何ヵ月かは様子見を私ならします」


「ガルーシュに隣接した土地自体が危険地帯であると」


「簡潔に言うとそうです」


「禁忌か……」


「闇の魔法は次元、時空すら簡単に乗り越えて影響力を我々に及ぼします」


「その危険な魔法使いにとっては危険ではないのか」


「幼少期から、まあ友人として付き合ってきた、みたいなところがあります。ふつうのことです。ところが世の中大半の人にとってはそうではありません」


「それはそうだろう」


「魔法を便利なもの、利用するもの、としか思ってなかったりします。実際のところは我々人間のもの、人類のものではないのです。借り受けているにすぎない」


「そういった類いの話は担当賢者から聞かされてきてはいるのだが、いまひとつ納得いかんのだ」


「それが常識人かと」


「……なるほどな。私の身代わりでやいやい言われたこと、ここで詫びておく。エリーアスに代わってくれ」


 デュカスは受話器をエリーアスに渡し、話し込むだろうから待つか、と思ってソファー席に向かった。が、通話はすぐに終わった。


「あれ? やけに早いですね」


「一言だけ言って切りおった」


「へー」


「今回は見送る、と」


 ほどなくして〈ペルージュ王、派兵見送り〉のニュースが世界中に流された。もとよりバラードの援軍のふたりは異世界からの使者として大衆の関心を集めており、このニュースも彼らに連動した出来事だと認識されている。詳細が伏せられているため人々の想像が無用に掻き立てられている面がなくもなかった。


 デュカスは“援軍の中心人物で現在のところ名や素性は機密”。サラの方は“異世界で暮らすバラードの同胞”として名だけ伝えられている。むろん王族や上流階級の領域ではかなりのところふたりの詳細は広まっていた。

 バラードではジャーナリズムも稼働しているのでこのあとデュカスは政府広報から短い取材を受けた折りに、こう述べていた。


「いや私ではなくて“チーム・ビオレッタ”全員が頑張った結果です。そもそも友好国という下地があったからこその結果ですよ」と。


 夕食を済ませたデュカスはひとり城の一階ロビーでくつろいでいる。国王からは「戦える状態になるまで休養していけ」と言われていて、それは確かにそうだった。シュエルに帰ればなにが起こるかわからない。まず賢者会本部にソロスを伴っていき、そのあとフェリル議会の面々と相対して説明……と厄介なことがつづく。王族が絡んでくればさらに面倒さは増す。軍部とてあれこれと尋ねてくるだろう。ソロスの件だけでも重労働が目に見えていた。ため息が出る。体はまだきしむ。ときどき目眩すら起きている。ゆえにまだタバコを一本も吸えていない。気持ち的には吸いたいのにだ。体が拒絶していた。やはりタバコは健康のバロメーターなのだ。


 そして、なにより自分自身の危機は区切りがついてないように思われた。サラもそれは体感しているようでいまの自分は護衛でもあります、などと言っている。といってそばにいるわけではないが。彼女のレベルになるとこの城の内部の範囲くらいなら危機対応のセンサーが充分に機能する。


 体が重い。回復の経過は順調でも気分がすぐれなかった。彼の脳裡にはノウエルのミナコ・サトウの顔がちらちらと映っている。こういうときに女の顔がちらちらするか、と彼は自分を情けなく思う。安易に救いを求めるか、デュカスよ。

 そうデュカスは自分に向け声をかけ、それからコーヒーの自販機に向かっていった。




           第三部・幕







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