41(第四部)
サラに用意された個室でサリア姫とサラは語り合っていた。時刻は零時を過ぎようとしている。ふたりの間にはまだ距離があるものの、それはゆっくりと縮まってきている。ふたりとも慎重に距離を詰めていくタイプでありその点も互いに親しみを覚える部分だ。
時間が経つのを忘れて話し込むなんていつ以来だろう、とサラは思っていた。
「微妙なお話でしたらなさらなくてもかまわないのですが……サラさんの母上さまはなぜ移民になったのですか?」
「あたしもよくは知りません。話したくないのはわかりますから問いただしたりはしません。元々は父親がこちらに出稼ぎに来て、こちらで出会ったようです。そもそも出稼ぎの部分がグレーな話ですから父も深いことを口にすることはありませんでした」
「その辺はフェリルでも寛容というかゆるいのですね」
「ああゆるいですね。デルバックはそこのところ出入りの管理は厳しくやってます。デルバックというのがシュエル・ロウの中心国でここに国連本部、賢者会本部があります」
「そこが中枢なのですね」
「はい。デュカス王子は子供の頃から呼び出しを食らってます。有名な話です」
「両方から?」「両方です」
「危険人物ということで?」
「それもありますが、まあ話ができたのです。そこの大人たちと。フェリル王族のなかではかなりまともな方なので。若い王子と人間関係を作っておけば将来的に有利だと判断したのでしょう」
「では多くの王族はまともではないと」
「言いにくいですが。基本的に怖くて近寄れない方が多いですし、、これは歴代の王族もそうだったと聞いています。遠くから見ることはあっても王子以外の王族の方と話をしたことないんですよ」
「そうなんですね」
「まあそれがふつうですけど。……ちょっと気になってるのですが」
「はい」
「いちばん上のお姉さまは姿を見せないのですね」
「ああ……言っていいのかわかりませんが……お気をわるくしないで下さいね、戦闘系魔法使いというのを拒絶しておりまして。通常の親善外交には参加してます」
「そういうことですか。よくあることです」
「シュエルでもですか?」
「昔は迫害されてました。国連加盟を認められなかった一族です。フェリルというのは」
「差別的な?」
「うちの賢者会は完全に切り離してたんですよ。差別どころではないです。動物族と同じ扱いでした」
「へえ……それはひどいですね」
「いえ、実際フェリルも昔はひどかったそうで、粗暴な民族というのは確かだったようです。……最近ベリルさんという方とお近づきになったのでいろいろと聞かされたのですが、魔法世界全体でもフェリルというのは伝説らしいです」
「行ってみたいですね」
「そうですか?」
「他の世界というのも興味ありますし、あなたの母国ですから」
「たぶん問題ないんじゃないでしょうか。公式非公式問わず。いまはそういう時代なんだってついこの間知りました」
静まり返った深夜の刻、ふたりの会話はとめどなくつづいてゆく。
一方でデュカスはその頃、甘い罠の深みに嵌まろうとしていた。
ノックのあと、返事を待たずにその女はするりと病室に身を滑り入れた。デュカスが見ているなかで女は部屋の照明のスイッチを切った。デュカスが手元のライトをオンにして薄明かりになるなか女は魔法を用いて部屋に立ち入りを禁ずる結界を張った。デュカスはなにもしなかった。部屋に入ってきた女がこの国の王女ビオレッタであったからだ。そして、それだけではない。一瞬で魂を奪われるような美貌の女であったからだ。
──これはまずいな。と、そう彼は思ったが十代の時期からこちらの面の教育も受けてきているがゆえに、デュカス自身もいま自分が置かれている立場に興味があった。なにより強烈な魅力をビオレッタは放っている。美貌だけではない。衣服の上からでも均整のとれた豊かな肉体がわかる。夜の彼女は別人であり、まるで魔性を武装しているかのように体の芯に響く魅力を備えている。頭を殴られたかのような、魂ごと全身を打ち抜かれるような女の魅力である。アイボリーの長袖シャツと同色のスラックス。黒のパンプス。
漂う雰囲気は部屋全体を支配していた。
──どうにでもなれ、と思う自分を外から見ろ。とデュカスは己に向かって云う。
ビオレッタがシャツのボタンを外していく。外していくと深い谷間が薄明かりに濃い影を作り、デュカスを彼女の世界に誘った。
その黒い影には未知の魔法が宿っている。どれだけの軟らかさがあり、どれだけの匂いがあり、どれだけの感触があるのか、彼は知りたいと思った。すべてをかなぐり捨ててでも欲したい、とそう全身で思う。
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