6

「またお主に助けられたな。デュカス」


 デュカスの姿を見て国王はそう言った。護衛たちがひとりを残して生き残った兵士たちの救護に向かう。


「戦ったのはこいつですからこいつに後で褒美をあげて下さい」


 デュカスは腕に抱えていたサラを芝生に寝かせると「賢者さん治癒魔法をお願いします」とつづける。


 名称ほどの効能はないが使わないよりは使った方がよい魔法である。外傷程度なら修復が可能だった。賢者アスケナージは願いに応えて対応する。


 デュカスは国王に向き直って告げた。


「で、医療チームだけ呼び戻して他の避難は継続して下さい」


「というと?」


 国王は戸惑いの声を口にした。


「まだ終わってません。向こうはもう一枚カードを用意していたようです。俺が現れたことで計画が狂ったのかもしれませんね」


 護衛のひとりが言った。


「戦略を練り直して新たな敵が来ると?」


「はい。どうせ図々しい要求をしてきますよ。撤退してやるから○○を寄こせ的な」


「どうすればよいのだ」と国王。


「向こうの出方を待ちましょう。あ、僕は今回自衛以外の戦いは禁じられてますからそのつもりで」


「いやしかし先程は」


「僕のとこの国民を守っただけです。本来干渉はだめなんです。……今回は別の仕事で参りました。国王、その件でお話があります。言いにくい話ですので結界を使います。二歩前に出て下さい」


 国王は不安げな表情でデュカスの指示に従った。ちょうど東屋のようなドーム結界ができあがるとデュカスはたたみかけるようにして言った。


「たぶんガルーシュの狙いは領地や産業だけではありません。この国の機密も標的にしてますよ。あなたはそのことに気がついているのではありませんか?」


 国王は押し黙っていた。長い沈黙のあとため息まじりに彼はつぶやいた。


「国の守護神にと手に入れたものが……逆に災いの元となったか……」


「他国の視点に立てば目障りな存在になります」


「ぐ……」


「賢者会に多額の寄付をして得たものでしょうけど、諦めて下さい。僕の今回の任務はその人物の救出です」


「!」


 驚く表情を見せる国王。デュカスは相手の反応を待った。


「救出とは気に食わんな。本人の意向に基づいて囲っておる。本人の意向で地下に部屋を設け経済的に養護しておる。まるで幽閉しているかのような物言いは不愉快だ」


「僕は詳しいことは知りませんし依頼主だって知りません」


「それはそうだろうが……くそ、手放せとな」


「致し方ありません。振り返れば魔王の出現もそこに要因があったのではないでしょうか」


「それは……確かにそう思いはした。手放すしかないのか。ほんとうにそうするしか」


「あなたがご自分で決めることです。ここは王政であなたは王なのですから。……結局、その世界における幸福の総量や平和の総量というのは決まってるんだと思います。この国だけ平和などというのは本来なら許されないのだと」


「まさか……そのようなことが」


「繁栄があればそれだけの不幸・災いも要求されるということです。僕がその典型例です。父親殺しという罪はそういう意味合いがあります」


「大まかにはあとから知った。追放刑もな」


「フェリルで決闘は合法なのですが、決闘で亡きものにしてしまいました。これは想定されていることですから、我が国では平時においては議会が行政を務める仕組みになってます。最悪の事態、降りかかる不幸を前提にシステムが組み上げられているのです」


「込み入った話を私にしてよいのか」


「このくらいは。しかし話すのはサラ・リキエルという存在があるからです。彼女は構造の担い手ですよ。時代の変革期に神が使わした言わばジョーカーのようなものでいかようにもなる存在……彼女はフェリルなんて一国の枠を越えています」


「異世界の架け橋にか?」


「それはわかりませんが実に象徴的です。まるで神が指をさしているようです。この人間だと」


「そのような重要な人物をよくここに送りこめたな……本人の意志が強かったからか?」


「僕には天より才能を預かった責任があります。彼女を正しく育成していかねばなりません。彼女に与えられた運命を勝手に除外するわけにはいきません。あ、これ後付けですよ? あとから気づいたことです。直感的に出撃を許可したあとのことです」


 王は黙って聞いていた。


「サラは最初からエリート扱いしてきましたが、、そこに確かな根拠はなかったのです。正体不明の法力が彼女には混じっていて、我々は畏怖したものです。畏怖から特別扱いをしてきました。A級による訓練、そして僕の機関直属に配置して」


「あの娘、なにやら違うとは思っておった…」


「死んだらここで死ぬ運命だったということです。廃人になったら我が国がその後の人生の面倒をみます」


「言葉が見つからぬ。……機密の件はお主の言う通りにしよう。裏側についても訊くまい。知らぬ方がよいのだろう?」


「はい。しかしあなたの話を聞くと僕の任務はかんたんではないようですね。ま、動くのは今回の危機が去ったあとになりますが。いまは間接的にではありますがあなたに協力する立場をとりますよ」


「助かる。こちらからもお願いする。この国を守ってくれ」


「いえ。友人として助けてほしい、の方が適切かと。国だと問題が発生しそうです」


「そうか。友人として助けてほしい」


「ええ。可能な範囲で」


 デュカスは結界を解き、遠く街の風景を望み、タバコをくわえてジッポーで火をつけると煙を吐き出す。タバコの先から立ち昇る白い筋は、亡くなった兵士たちへの弔いの煙であった。


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