5
──しまった、深追いした……!
吹き飛び地面に倒れ込むサラ。
一方のアルメイルもその場で片膝を地面につき追い込みをかけられない。額には脂汗がにじみ、大きく肩を上下させている。蘇生の時間をとる彼にはここで余裕が生まれた。ぜえぜえと息を吐きつつも勝利を確信していた。こちらはまだ動けるのだ。古典的な攻撃魔法もいまは有効であり、剣を用いてもいい。とどめのやり方は自在に選択できる。彼は立ち上がり、サラに向かい歩を進めていく。
──しかしもう一発だな。拳で決める。お前は拳で仕留める。
懸命に身を起こそうとしているサラに距離を詰め、彼が右腕を振りかぶったときだった。ポンと肩を叩かれてアルメイルは動きを止めた。次の瞬間、彼の視界には緑色の閃光が見えた。
本能的に飛びすさり、自分がいた場所を見やるアルメイル。
そこには男が立っていた。黒い軍服の前をあけ、白シャツと黒デニムでカジュアルな出で立ちの男が。写真で見たことがある顔だ。
「貴様は……デュカス!」
「来るつもりはなかったんだが仕事ができてね。……勝負はつきました。終わりにしましょう」
アルメイルは驚きを隠せなかったがすぐに戦士としての自分を整え言った。
「終わりにはならねえな」
「あんたに恨みはないし戦う理由もない。退いてくれませんか」
「わかって言ってるだろ。退けば信用を失う。仕事はこなくなる」
「ですから今日かぎり殺し屋兼傭兵稼業をやめるんです。命あっての人生ですよ」
「お前、、まさかいまの俺がMAXだと思ってないか?」
「“獣化”でしょう? でもやめた方がいいです」
「ほざくな!」
自分の体の異変に気づいた彼が、ぎょっとする表情を見せると、鼻から血が吹き出した。顔の皮膚のあちこちが裂けそこからも血が吹き出す。よろめくアルメイル。
薄れゆく意識のなかで彼はつぶやくように言った。絶望のなかでの問いであった。
「さっきの光……、呪いの魔法なのか……?」
「それは賢者用語。フェリルでは闇の魔法というカテゴリーです。でも基本的に深いダメージを与えた後でないと効力を発揮しないんです」
アルメイルは膨らんでいた。戦闘服に亀裂が入り、みるみるうちに裂けていきそこから血が吹き出す。彼はごぼっと音を立てて血の塊を吐き出すと白目を剥いた。
「敵意を栄養源にして肉体を膨張させる魔法。ボルケーノという名称です」
頭の皮膚が裂けてひときわ派手な噴出があった。アルメイルに何かを語るだけの知能は残されておらず、口をあけたまま、彼は全身から血を噴き出して前のめりに地面に倒れる。返り血はデュカスの手前の空間に弾かれ、雨のように宙空を滴り落ちた。
デュカスが肉塊となったアルメイルから視線を上げると、意識を取り戻しておずおずと下がっていくガルーシュ兵たちの姿が見える。ひとりがひええと声を漏らし、それを合図にするかのように彼らは一斉に背を向けて駆け出していった。
一方のバラード兵たちは歓声など挙げる余裕もなく、その場にへたり込んでいる。安堵の空気に満ちるなか、みな血まみれでぼろぼろだ。
そうした状況でデュカスはひとり戦闘態勢を維持している。危機が去ったわけではないからだ。この領域に不穏な存在が潜んでいる。それは奇妙でわかりにくい。はっきりと魔法力とは認めることができないほど薄い存在──気配とだけしか表せない微妙なものだ。しかしその気配はふっと消えた。言葉通り忽然とこの領域から消えた。
──ここまでの隠密能力は初めて知ったなあ。
デュカスはそう感心していた。同じことを自分がやれるかと言えばいますぐにはできない。相当な修行を経ないことには不可能に思える。世界は広いものだ、と彼は思った。
戦争がまだ終結していないことが明らかになったわけだが、デュカスの顔には爽やかとも言える朗らかな表情が浮かんでいる。それから彼は部下に視線を移した。
うずくまっているサラのそばに歩み寄り、デュカスは声をかけた。
「よくやった」
サラは動けないようなので「よっ」と言って彼女を腕に抱え、デュカスは歩き出した。眉間にしわを寄せ、目を閉じたままのサラは震える声で王子に言った。
「くやしいです……、あたしは法力を使いこなせなかった……」
「うん」
最後の右ローと右フックの途中、サラはいままで感じたことのない世界を感じていた。脳裡に閃光が走っていた。まるで時間が止まるような感覚。しかし感じるだけで魔法力を操ることはできなかった。自分の技量の無さをその時痛感した。
「もう少しで届きそうだったのに……」
「うん……、でもまあ、戦闘系のピークは四十代って言うしさ。焦っても仕方ないよ」
「くやしいです」
そう小さく言ってサラは眠りこちた。
デュカスは焦げ茶色の地面に移動サークルを張り、丘陵の上のエリーアス王たちの元へと移動してゆく。
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