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 ガルーシュからの書簡が届けられたのは夕方のことだった。城内に設けられた司令室にて、文面に目を通した国王は怒り、書簡をくしゃくしゃに丸めて床に捨てた。国王が用意された簡易な玉座にどっかと腰を下ろすと護衛が書簡を拾い上げて読み始める。他の護衛たちも集まり内容を確かめると、護衛のひとりキース中将がデュカスの元に歩み寄ってゆく。デュカスは窓際の椅子に腰掛け窓の外を眺めていた。


「デュカス殿下、あなたの意見をお伺いしたい」


「戦時中は呼び捨てでいいですよ」


「そうですか……、書簡の内容は次のようなものでした。代表ひとりを選出し、この決闘にて此度の戦争を終わらせたいと。勝者がハロル領の主権を獲得し終戦とす」


 領有権を争っている地か、とデュカスは思った。


「ハロル領とはどのような土地ですか」


「国境沿いの不毛の地です」


「国民にとってはどういった土地ですか」


「……国民の多くに関心はありません。生活には何の関係もない土地ですから」


「相手国は?」


「愛国心の育成に利用しております」


 デュカスは少し考えてから言った


「……伝令は待ってるんですかね?」


「待たせてます」


「俺の意見は……“決闘の申し出を受ける。ただし日時はこちらが決める”です」


「となるとサラ殿が出るということになるのでしょうか」


「休息は必要でしょうが、あいつはまだ動けます。動ける以上は──」


 国王が荒げた声を室内に響かせた。


「待てデュカス、返事は急がんでよい。結論はサラ・リキエルの意志を確かめてからだ。伝令は帰らせろ。こちらからあとで返事を送るとな」


「ですって」とデュカスはキース中将に言った。そして椅子から立ち上がり、彼は「ちょっと病室見てきますね」とつづけ、司令室から退室していった。


        ☆


「へっ……ヘックチン!」

 病室内のベッドの上、サラはくしゃみをした。その拍子に鼻水を垂らしたのでデュカスはティッシュを取って「も~」と言いながら彼女の鼻を拭いてやった。


「すみばせん」とサラ。


 デュカスはそのティッシュをサラの手に渡した。


「捨てればいいじゃないですか」


「乾かせばもう一回使える」


「けちくさいですね」


「ばか、ノウエルでは貴重だぞ。こういうグレードの高いやつは」


「そうなんすか?」


「庶民は安物しか買えんのだ」


「ふーん。王子帰ってくればいいじゃないすか」


「いやまあいろいろと学ぶところあるのよ」


「けちくさ精神がですか? 王子は王族なんですから関係ないじゃないですか」


「そうでもない。日用品の価格というのは庶民にとっては重大だ。例えば向こうではタバコの価格でも安易に上げてしまう。税収を口実にな。それが治安の悪化に結び付くという思考に至らないのさ。愚かだが現実が見えんわけだ」


「……で、なんか戦いは終わってないそうですが」


「ああ」


「王子がやるんですか」


「いや、俺は今回自衛以外の戦闘は禁じられている」


「え? 戦いましたよね」


「フェリルの国民を守っただけだよ。広く言っても君はシュエルの民だ」


「ああ……まあそうですが。誰に禁じられてるんです?」


「そこは言えん」


「仕事の内容もですか」


「エリーアス王には話した。ことが済めば君にも大まかな話はできるよ」


「なんにしてもよかったです。決着はあたしがつけます。いいですね?」


「なんで俺を睨んで言う」


「帰れって言いそうだからです」


「ぼろぼろなくせに」


「そのうち回復します。あたしの体はあたしがいちばん知ってます」


 ノックがあった。デュカスが返事をすると賢者アスケナージが室内に入ってくる。その腕は赤い箱を抱えていた。


「執務室にいくとこれがあってな。サラ・リキエル宛と紙にあった。心当たりは?」


「あります……」


「ではな」


 アスケナージが部屋を出ていくとサラは小声で言った。


「これあたしが読めってことですかね?」


「だろうね」


 赤いポストの扉をあけるとやはり手紙が一通入っていた。取り出してかるく目を通すサラ。首をかるくかしげてから彼女は言った。


「読者の方から質問があります。賢者というものを詳しく教えてください」


「俺たちも詳しくは知らんからな」


「ですよね。魔法世界では賢者会が最高権力機関。フェリルでは六人で構成されていて代表プラス五人という形。個々人の能力の詳細や組織内部のことは王族も知らないはずです。漠然と万能の魔法士ってのはあります」


「詳細を知ってるのは国連幹部の数人ってとこだろう。……統治機関なんでその視点から言うと、魔法界の住民を三つに区分けしてる。魔法力のない一般人・魔法使い・戦闘系魔法使い、とね。何もしないと差別や争いが起きかねないからこれらをまとめるのが役割だと彼らは考えてる」


「大義名分ですよね」


「そう言うなよ。一般人を守るために魔法使いと戦闘系を管理下に置く、という彼らの論理には正当性がある。一方でドラゴン族とエルフ族は明確に差別してるし、かつて戦闘系を差別していた歴史があったりする」


「いやあ統治が目的ですよ」


「まとめ役って面は理解してあげよう」


「で、その賢者会から各国に監視役として担当賢者が少なくとも一名は派遣されることになってます。国の中枢に配置され、こうして国家の権力層の動きは逐一賢者会に報告が上がる仕組みです」


「基本はそうだね。人間関係ができあがるとちょっと変わってくるけど」


「権力側と担当賢者の癒着というのはよく聞く話です」


「必ずばれるからな。ばれると存在が消されちゃうし端から見てるとおっかないよね。おっかない部分も伝えておけば?」


「これはうちの王子を題材に使うとわかりやすいと思います。王子はよく最強と言われてますけどこれ、賢者を除いた魔法士のなかではという意味です。賢者は別の次元にいる存在です」


「そう。そして賢者は賢者で戦闘系に対抗して術を開発していってるからホントの差はやってみないとわからない」



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