12

 地力で勝るのだから地力で押すだけである。交錯する打撃の音が強まってゆく。


 インディボルゲはリズムよく放てる自分の打撃に快感を得ていた。暴力の快楽である。相手が精緻に追随してくるからだ。拮抗した戦いは戦闘系魔法使いにとって麻薬のような効能がありどうにも肉が疼いて仕方がない。身も心も躍動する戦いこそこの世を生きていく醍醐味である。このように両者が最初から淀みのない円滑な攻防を繰り広げる戦いはそうそうあるものではない。


 彼には心理的余裕があった。これは俺の領域だと。この範囲に位置しているかぎり敗けはないと。


 サラが狙っているのはただひとつだけだった。敵が放つ渾身の打撃だ。いつかは飛んでくる決着をつけるための打撃。拳か足か、どちらでもよかった。そしてその打撃、左正拳がうなりを上げて放たれた──サラはその左腕をキャッチしにゆく。両腕を絡め、関節を極めにゆくムーブ。しかしインディボルゲは即座に気づきそれを振りほどく──サラにしてみれば充分であった。キャッチそのものに意味があり狙っていたのはこれである。


 その瞬間、絡んだ三本の腕の周囲には紫色の電光がきらめいていた。これはフェリルの技、トランスが生み出す〈空間を歪ませる力〉をサブミッションに応用した手法。初見では対応が難しく、不完全な極り方でも相手の肉体──筋肉、腱、骨にダメージを与えることが可能だ。致命にはならずとも瞬間の優位は得る。


 だらりと左腕が下がる。インディボルゲは即座に右ハイキックが来ると感じた。

 しかしサラが放ったのは左ハイであった。コンビネーションとしてのコンパクトな蹴りである。狙いは次にあり、のけ反ってかわす相手にサラは踏み込んでみぞおちに右正拳を叩き込んだ。直撃した打撃はクレーターをうがつ。つづけて同じ場所に左フック──これは相手が後方に飛び回避される。


──わけがわからん!


 インディボルゲは胸のなかでそう叫んでいた。自分が優位だったはずである。いつ優位を失ったのか? この女が防御に優れていたからか?


──蓄積か……?


 いまになって思い出した。フェリルは建国以来〈対賢者会〉標榜している国だと。

 いま彼はおぼろげに理解した。自分が引き出したのだ。誰でもない、自分がこの魔女の奥からわけのわからぬものを。


──俺は魔女の生け贄か……?

  そうなのかデュカス!


 体は憤怒を原動力とし反射的に反応し、インディボルゲの右正拳がサラの顔面に飛ぶ。よけるであろう左に彼は左ミドルキックを放つ。

 サラはそこにはいなかった。

 サラはインディボルゲの左側面に位置し右掌底を彼の脇腹へ添えていた。


《ダムド》


 そう彼女は唱える。フェリルの奥義。デュカス直伝の技だ。対賢者を目的とする、王族でも一部しか使えない、選ばれた戦闘系のみが使える伝統の技。骨と内臓を粉々に破壊する内部破壊の技である。

 完全ではないもののサラはこれを体得していた。


 体を崩し両膝を地につくインディボルゲ。前に倒れるが右手をついてこらえる。こらえたのち、彼はゆるゆると身を起こして立ち上がる。ゴフッとうめいて彼は血へどを吐いた。体は震え、揺らめいている。


 一方のサラは距離をとり、相手の動きを見ている。たたみかける力が残されていなかったからだ。ハァハァと息を漏らし回復を待つことしかできない。


 そのふたりの姿を見て、丘の上のデュカスは移動サークルを張り、そこに身を沈めるとふたりの前に現れた。


 サラとも距離をとって上から見ると三人が三角の形で対峙している。インディボルゲを頂きにして左にデュカス、右にサラ。インディボルゲは耐え切れず地面に片膝をつき、この場に現れた男を見上げる。


「インディボルゲ、どうする?」


 しばしの沈黙のあと、彼は言った。


「……敗けだ。敗北を認める」


 が、しかしデュカスはそうは思えなかった。インディボルゲは何か狙いがある目をしていた。眼光は暗く、何かの意志だけが込められている。


「だが、ただでは終わらん……!」


 インディボルゲはデュカスに向けて開いた右の手のひらを突き出し、

《エクストリーム》とつぶやく。発された言葉が呪文だろうことはわかる。


 閃光が瞬き、次の瞬間、なにやら小さな球──ゴルフボールほどの鈍く光る球が宙に浮かんでいた。インディボルゲの手前三十センチほどの宙空にである。インディボルゲは動かない。右腕を突き出したままの体勢で固まっている。──と、そのまま前のめりに地面に倒れた。微動だにせず、まるで枯れ木が転がっているようなたたずまいである。


 サラから見てわかるのはデュカスの手前で“何かが弾かれた”ということだ。しかしデュカス自体は何もやったようには見えない。ということは……(最初に地面に刺したアレか。あの赤いやつ)そうサラは思う。アレは何かの防御の魔法だったのだ。


 サラにその場を動くな、と忠告したあと、歩を進めていったデュカスはその球をつかんで左手の上に乗せ言った。


「これが魂ってやつか……実体化するもんなんだな」


(ええ!?)と驚くサラ。


 周囲の空気が揺れている。デュカスの立つ領域には禁忌の揺れがあった。サラは見てはいけないものを目にしている気がした。


「ベリル、出てこいよ」


 虚空に向かってそう声をかけるデュカス。ぬるりと黒スーツ姿の男、ベリルが左の地面からせり上がってきた。陣のようなものはない。


「よくわかったな」


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