13

「たぶん見てると思ってね」


「リバース……なのか? ある種の」


「そんなもんだ。詳細は秘匿。……彼、どうしたもんかな。決闘でこの技を使うのは合法なのか?」


「いや。契約か自然死でなければならない。原則はな」


「だよね。こいつを裁判にかけることは可能かね」


「行為自体は違法だが……そいつは国籍を外れてる。ゆえにいま始末してくれた方がこちらとしては助かる」


「お前はそうでもお偉方はそうじゃないだろう。プライドに障るんじゃないか」


「そりゃそうだがな。面倒だよなこのケースは」


「確認してきてくれないか。処理について。俺王族なのよね」


「確かに。わかった。……しかし、いまのお前の技の方が大問題だと思うぞ」


「それも含めてさ」


 ベリルは地面に潜っていく。


 光る球をタバコの先でつついたりしているデュカスをあっけにとられて見ているしかないサラであった。火はつかないでしょうよ。 ジッポーで火をつけたあとそのタバコを吸い終えた頃にベリルが戻ってきた。


「どちらも回収せよ、とのことだ」


「そうか」


「あと、礼を言っといてくれと言われた。皮肉かな」


「いい方に受け取っておくよ。これ君らの領域だろ?」


「まあ、そうだけどさ」


 複雑な表情をしながらベリルはそう言った。


 ふらつきながらサラはその光景を眺めている。ベリルは光る球をデュカスから受け取りジャケットのポケットに仕舞うと、地面に伏したままのインディボルゲに歩み寄って彼を引きずり起こす。が、途中でやめて元に戻し、唐突にぬるぬると一緒に地面に潜っていった。姿を現した時とは逆である。


 見終わるとサラはデュカスに声をかけた。


「何がなんだか」


「あとで話すさ。勝負は君の勝ちだ」


「すっきりしない終わり方です」


「戦争にすっきりした終わり方なんかないよ」


 デュカスが右手を掲げて丘の上に合図をすると担架を抱えた医療チームが護衛とともに大きな魔方陣で移動してくる。


「担架なんかいりませんよ」


「とにかく乗れ」


 しぶしぶ寝かされるサラであったが、いざ担架に体を横たえると突然体が重くなり、動きがとれなくなった。やがて感覚が失せていき、意識はあるのに体だけ麻痺した状態になる。

 彼女は丘の上に連れて行かれた。ややあってそこからデュカスの元に歓声が響いてくる。


 デュカスは荒野を見渡して何も気配がないことを確認すると、地面に指した赤い鳥居まで歩いていきそれを抜く。戦いは終わったのか? 彼はそう自分に問うた。


──様子見だ。ともかく自分の仕事はこれからだ。まだ終わったわけじゃない。


 デュカスは自分に言い聞かせて丘の上に戻っていった。


 サラは城内に移され診断を受けているそうである。国王が歩いてきて声をかけてくる。


「デュカス、まあ最後のはあとで訊くとして……私の目には途中で負けたと思ったのだが」


「負けてましたね。相手が勝利を確信した時に何かが転換した感じでしたが」


「何が起こったのだ?」


「僕にもよくわかりません。フェリルの力か、ハーフの力か。するっと違うステージに立ったように見えました。だからダムドが流れるような動きのなかで使えた──彼女が最後に使った技です。あれはふつうは長いタメが要るんですよ。何が起こったのかはあとあとわかるのかもしれません」


「これで終わったのだろうか」


「国王もそんな感じはしないでしょう?」


「ああ」


 そこへアスナケージがやってきてエリーアス王のそばに寄ると小声で語りかける。


「国王、危機は終わっておりません。デュカス殿が去ったあと邪悪な気配を感じて賢者眼を起動したのですが、私の目には地表に何かの影が映りました」


「影?」


「霊体のような存在です。……理解し難い極めて高度な術です。私が見たものは我々に対する“挑発”ですよ。これで終わりと思うなと」


「やはり戦時体制は解けぬか」


 デュカスは胸のうちでため息をついていた。そこから望む街の遠景は平穏でも、この世界の空気には不穏さが立ち込めている。秩序を欠く匂いが漂っている。

 厄介なものが待ち受けている、とデュカスは覚悟した。


 デュカスがサラの病室へ赴いたのは夕方のことである。その間彼はいろいろとバラードの街を観光よろしく視察して回っていた。何かしら不安の元となるものがないかチェックの意味合いもそこにはあった。街角に行き、公園にも行き、戒厳令が発令されたままの無人の空間を彼は見て回った。シュエルと変わりないなあという感想である。賢者会が支配する世界は一様に似たような意匠・外観である。


 病室に入るなりデュカスはサラから不満をまくし立てられ閉口した。


「体か痛いです。筋肉だけでなくて体の奥が痛いです。じっとしているとマシなのですが少しでも動くと激痛が走ります。ものすご頭にきます。くしゃみだけで気絶しそうな激痛が走ります。死ぬかと思った!」


 どうやら麻痺の症状を脱すると今度は先鋭的な痛みに襲われているらしい。デュカスは俺にそう言われてもなあ、と内心思ったが黙ってサラの言い分を聞いていた。


「なんなんすかね、この内部の激痛は」


「まあ、一ヶ月寝たきりって例もあるんで、君のはまだいい方だよ。それがダムドの反動だ」


「訓練の時はこんなのはなかった」


「振り絞ってるわけじゃないからさ。体はわかってるのよ、どでかい反動があるから抑えてしまう。そこでバランスされたものが訓練の時のやつ」


「うう……痛い」


「ほんとに痛い時は声も出せないよ」


「うう……他人事だと思って」


「俺にどうしろと。鎮痛剤貰えよ」


「貰いましたよ。でも薬って副作用があるじゃないですか。安易に飲むのはどうかと思って」


「俺はノウエルにいる時はちょくちょく頭痛薬飲んでるよ。タバコじゃ足りないから」


「はあ」とサラはため息をついた。


 それきり彼女は黙り、ようやく大人しくなったかとデュカスが安堵していると、静かに彼女は問うてきた。


「あいつは……なんであたしじゃなくて王子を狙ったんですかね」


「さあな」


「大物だからか」


「かもしれんし。気に食わない何かがあったとか」


「なんで最初に地下移動を封じたんですか?」


「陣は使う時に脆弱な状態になるのに対し、やつらの地下移動はその瞬間が速いし凄く強固なんだ。だから使おうと思えば戦闘にも活用できる。原理はわからんがな。で、地下に引きずり込むこともできる」


「亜空間を使ってるんですかね」


「その辺の才覚というかノウハウがダンチなのよ。やつらは」


 サラはそれ以上は踏み込まなかった。立ち入ってはならない領域の話だとわかるからである。

 そこへノックがあり、デュカスがどうぞと返すと再び賢者アスナケージが姿を現した。無精髭が目立つようになっていて険しい目付きをより険しく見せている。彼はまた赤いポストを腕に抱えている。扉を閉めると彼は言った。



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