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別格── サラの胸のなかでざわめくものがある。その言葉はチートを意味していた。バケモノをチートとは呼ばない。例えばフェリルの軍にバケモノは幾人もいる──控えめに言ってバケモノだらけである。しかしそれを凌駕していると。
どんなやつなのだろうか。サラは湧き上がる欲望を自身のうちに感じていた。魔法力の解放── 魔法力の発現── それらはほんとうのところはコントロールできないし、どうなるかは正確にはわからない。使ってみないことにはどうなるかわからないレベルの放出は人生のなかでそう何回もあるわけではない。いま自分はその瞬間を迎えようとしている──
王が言った。
「サラよ、出撃は誰が許可したのだ?」
「えっと、王子です」
「なんと直接にか」
「たまたまシュエル・ロウに戻っておられたので」
「我々にとっても僥倖だったな」
「ご存じなんですか」
「真の名前はあとから知った。大まかな彼の事情もな。ここには勇者レオンとして現れたのだ」
「勇者ですか」
「さよう。この世界に魔王が現れてな。我が国が最初の標的とされた。で、私の人脈からあるところに魔王討伐を依頼したのだ。そして来たのがお主の国の王子、デュカスだったのだよ。……その日のうちに魔王軍を撃破、魔王も葬り…… 一週間の休養をここでとったあと、彼は報酬を受け取らず去っていった」
「知りませんでした」
「疑問がある。報酬を拒んだのはなぜなのだろう。王族には不要だからか、他から報酬か出たのか」
「いくらか想像はできますがそれは国家機密ですね」
「そうなのか。理由があるのだな」
サラは王の背後に控える護衛たちに目をやった。後ろに並ぶ彼ら十名は精鋭だと思われる。しかし──
「あの、おそれ多くも国王さま。城内に戻られてはいかがでしょう」
「意味がない。見ての通りこの国の戦闘系はたいしたことはない。下を突破されれば我々は終わりだ。王族や大臣たちはすでに隣国へ避難させてあるからその点は気にしなくともよい。が、私が逃げるわけにはいかぬだろう。結末を見届ける責任がある。……不満がある顔をしておるな」
「なぜ予算を投じ軍を強化しないのですか」
「限られたリソースの使い道は国それぞれだ。我が国は商業と農業にリソースを振り分けエネルギーを費やしてきた。ならばこそ豊かさがある」
「それゆえに侵攻を受けているではありませんか」
「しかし国民から軍の増強をせよという声は上がらぬ」
「安全保障は国の基盤ですよ」
「同じことを言うのだな。王子と」
ますます戦いの波動は荒々しくなり眼下から怒号が響いてくる。こうしている間にも命が消えていっている。
「我々には我々の生き方がある」
「相手はそこをつけ入る隙と見てますよ」
「そうであろうさ……戦いの向こうを見てみよ」
サラは遠くを見た。戒厳令が発令されている街の全景に混乱は見てとれない。煙や火の手は皆無である。
「賢者会の介入を防ぐ意味もあろうが、やつらは街には手を出しておらぬ。商店にも工場にも敵軍の姿はないそうだ。つまりここの産業も労働力も、何もかもをまるごと乗っ取るつもりでおるのだ。国民の従順さを見越してな」
サラは憤りをぐっとこらえて自分を押し殺す。
「もしかするとガルーシュと賢者会の間で取引があるのかもな。……向こうはお主の存在も把握しているであろう。賢者会の人脈、賢者個人の千里眼は共に底知れぬ」
相手らしき人物が現れる気配もなく、困惑しているサラに声が掛けられた。
「フェリルの魔法使いよ」
よろよろと立ち上がって賢者アスケナージがつづける。
「結界の気配がある……つまり近くにいて状況を見ているのだ」
王がつなぐ。
「最初は敵軍千名弱、こちらは九一○名の戦いから始まっている。双方かなり減ってきておる」
と、すぐそばの右てに魔法の波動があった。サラがその方向に視線を送ると魔方陣が地面に浮かび上がり、陣から謎めいた男がせり上がってきた。纏う空気がふつうではない。
一気に周囲の緊張が増幅し護衛たちが戦闘態勢に入る。現れた男は黒スーツ姿で細身の体躯。敵意はなく皆を一瞥する。
「サラに用があって来た。他は関係ないので黙ってろ」
「あなたは?」
「デュカスの友人だ。ベリルと呼べ」
「友人?」
「頼まれて敵を調べてきた。傭兵の名はアルメイル。歳は三八。潜在のパワーレベルはリクサスに匹敵する殺し屋だ。ただしタイプとしては技巧派。殺してきた人間は二千から三千」
「あ、ありがとう」
「じゃあな」
浮かび上がったままの魔方陣に身を入れ、男は消えていった。
突然の見知らぬ人物の出現に当惑はあったがサラは不思議と安堵感を得ていた。
「信じてよいのか」と王が問うてきた。
「噂ですが、王子には魔族との付き合いがあるという話が軍内であります。たぶん彼がそうなのだと」
「リクサスとは?」
「いまの時代のリファレンスと呼ばれている戦闘系です。階級は中将」
「魔族というのは?」
「シュエル基準の言葉です。異世界から時々黒い羽根の生えた種族が来てるらしくて……そいつらをそう呼んでいるのです。私は初めて見ました。羽根は見えませんでしたが。噂では魂を扱うとかなんとか」
賢者アスケナージが微妙な表情を見せた。嫌悪を表すような表情を。
サラのなかではいままで感じたことのない感覚が芽生えてきている。まるで視界の先に、開かれた新たな扉の光景があるようだった。
──なるほど、そういうレベルか。
いま自分が身を置いている状況は、内実を把握しようとしても俯瞰すればするだけどこまでも広がっていく性質のものだ。
運命の歯車を感じた。サラが感じているのはどうにも避けようのない、生まれる前から与えられていた運命だった。なぜ自分が生まれたか、なぜハーフとしてこの世に生まれてきたか。
そしてこのとき、眼下の空間に巨大な魔法力が突然現れた。
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