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 王子はそう言ってテーブルに置かれてあった赤いポストの扉をひらいて中から封筒を取り出すと、便箋を抜き取って文面に目を通してゆく。サラは何事かと思い王子が次に何を言うのか意識を集中させた。


「さて、読者の方からお手紙がきてます。質問が書いてあります……長いですね。長いので要点を。サラさんの年齢・趣味・休みには何をやっているか・彼氏はいるのか──を教えてください」


 サラは戸惑いつつも返答した。


「歳は二四。趣味は洋服屋巡り。休みは金髪のウィッグと派手なメイクで別人になりますね。コスプレ気分でストレス発散」


「お前はギャルか」


「ギャル?」


「ノウエルにそーゆー種族がいるのよ。彼氏は」


「いません」


「資料によると警察沙汰が一件ありますが」


「ああひっぱたいたらDVだって警察呼んだんです昔の男が」


「男は入院?」


「手加減しますよ」


 ちょっと怒ってサラはそう言った。


「だそうです。……みなさんも気をつけましょうね」


「どっちをです?」


「あとプロローグで敵の男が剣を捨ててますけどどうしてですか?ってありますね。これは私がお答えします。

《リバース》という名の、武器による攻撃を無効にする防御の魔法があるんです。つまり魔法力の大きさが同格か同格以上の場合、相手に突き刺した剣先が自分に返ってくる、と。そうした仕組みです。


 現在では基礎魔法ですな。だから武器・道具は使えないと。経緯を述べるとおおよそ千年前、元々攻撃魔法というのは賢者の遠隔攻撃のことを指していたんです。これを我が国の創始者ダムドが無効にします。遠隔攻撃を弾く防御の魔法フィールドを開発したのです。このときこれの応用で同時に開発されたのがリバースです。


 しかしこの術には弱点がありました。武器・道具を用いない無手による物理攻撃までは防げなかったのです。以来、戦闘系の魔法士は体術と肉体の硬質化、及び法力の物理攻撃への転換、衝撃波への転換といった分野を発展させていきます。これが細かいことを省いた経緯で、敵の男が剣を大地に捨てた理由です。バケモノ魔女を相手にするには邪魔でしかない」


 サラが言った。


「でもトドメをさす場合には便利です」


「まあな。で、格下には有効だから法力の省エネにもなると」


 サラが困惑した表情を見せて言った。


「しかし未来の話をいまやっていいんでしょうか」


「読者にとっては“現在”だよ。常にな」


「それはそうですが」


「説明するスタイルと説明しないスタイルと君はどちらが好きかい?」


 サラは黙り込んだ。しかししばらくして声を発した。


「王子と議論する気はありません。ですがバケモノ魔女という呼称は訂正してください。オシャンティな魔女と呼んでいただけたら幸いです」


 会議室を退室したサラは急いで施設の外へ出ると地面に向かって右腕を振り移動魔法を起動させ移動サークルを地面に浮かび上がらせる。簡易な魔方陣に身を沈ませると次の瞬間には彼女は実家の手前の地面に描かれた魔方陣からせり上がってくる。


 庭で疲れきった賢者が待ち受けていてサラをみとめるとゆっくりと立ち上がり「つづけざまに異世界移動というのは通常ならありえんぞ」と不満を漏らした。


 心情はわかるのでサラは受け流した。異世界間移動には途方もない魔法力を要する。しかしいまは緊急事態である。泣き言に付き合ってる暇はない。どこの世界でも賢者はあくまで賢者会に所属する人員であって、そこから派遣されているにすぎないのだ。協力などしたくないのが本音だろう。


 家にいるはずだが辺りに母親の姿はなかった。サラは賢者の生み出した魔方陣に乗り、賢者服の袖を揺らしつつゆっくりと隣に来た賢者とともに身を沈ませてゆく。


 異世界リンドロラウへ移動するとそびえ立つ城の外観と、それを背後にした重装備の鎧姿がまず目に飛び込んできた。その両脇に軽装の男たちが並んでいる。剣を装備していないので戦闘系の魔法使いたちだ。


 サラを連れてきた賢者は芝生に膝をつき、四つん這いになったかと思うと、ごろりと仰向けに体を横たえた。ぜえぜえと苦しそうに息をついている。


「ご苦労だったな、アスナケージよ」


 重装備の初老の男が前に歩み出でてそう声をかけた。サラは男がこの国の王であることをすぐに理解した。


「さてサラ・リキエル。国王のエリーアスだ。此度は急を要したが来てくれて礼を言う」


 灰色の城は丘陵に建てられており、ここから市街地入口までの領域は荒野となっている。政府中枢と一般市民との間に荒野や更地を設けるというのは魔法界では定型となっている構成だ。


 サラの元に下方から戦いの波動が届き、怒号と剣のぶつかり合う音が響く。眼下に戦闘が繰り広げられている。多くが一般兵同士の戦闘である。


「はじめまして国王さま。しかしすぐに行かねばなりません」


 いや、と国王は制した。


「いまは待て」


「なぜです」


「じきにお主の相手が姿を見せよう……それまでは法力を使うな」


 顔には出さなかったがサラは強い憤りを感じていた。


「まず我々の戦いだということを理解してほしい。いま戦っている両軍はこの世界の住人たちでどちらも誇りを賭けて血を流している」


「私は援軍のつもりで来ていますからいつでも行けます」


「いくらか情報が入ってきておる。向こうが用意した傭兵の男は別格ということだ。よその魔法界から来ている。こちらの戦力を削ったあと決着を付けるタイミングで出てくるのだろう。お主はそれまで待て」


 三秒ほどの沈黙のあと「はい」と一言返答し、サラは国王に従った。



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