オシャンティな魔女と呼びな

北川エイジ

1 (第一部)


【 魔法世界リンドロラウ 魔法国家バラード 】


 サラ・リキエルは炎に包まれていた。だがその体が燃えることはなく涼しい顔で正面を見つめていた。丘の上の城と王宮を背に彼女はひとり敵軍に立ちはだかっている。足元の大地には兵士たちの死屍累々とした光景が広がっている。充満する血の臭いが彼女の芯を怒りで震わせている。


──許さん。一匹残らず始末する!


 その視線は戦闘服を纏う眉目秀麗な男とその背後の四百人ほどを捉え、瞬間きらめくと彼女を包んでいた炎は跡形もなく消え去った。サラの体内では魔法の力が燃え盛っている。戦闘種族としての血がたぎっている。胸のなかで彼女は唱えた。《雷》と。


 敵軍の中央に天から幾筋もの雷が叩きつけられ、稲光と肉塊が爆裂する。敵軍の半数が元の形を失い、粉々となっていた。

 つづいて唱える。《暴風》と。


 渦を巻いた狂暴な風が兵士たちを人質ごと吹き飛ばしていく、暴風には衝撃波が加えられており、地面に転がり、伏した全員が失神していた。一方、眉目秀麗な男はただひとり微動だにせずなんのダメージも受けていない。


 男は言った。


「いいのか? 俺とやる前に法力を消費して」


「あんたも体力を消費してるだろ」


「ああ。しかし法力は防御にしか使ってない」


 その言葉が本当だとしたらたいしたものだ。ここまで剣術のみで兵士たちをほふってきたことになる。男が言った。


「お前フェリルの軍人らしいな」


「ただの軍人じゃない。王家直属」


 やや誇張ぎみだが嘘ではなかった。


「ほう、精鋭か」


「フェリルを知ってるのは意外だわ」


「軍事国家フェリルは有名だ……なにより王子はな。異世界をまたに掛ける人間で知らんやつはいない」


 そう言って男は血まみれの大剣を大地に投げ捨てる。


「軍事国家フェリル。今日の戦闘系の起源にあたる種族だ。創始者はダムド。無手で戦うスタイルを確立させた人物だ」


 男は身を沈め構えをとる。


「その末裔と戦う日が来るとは想像できなかったな」


 サラも男に呼応するようにして腰を低くし構える。

 彼女は血に餓えた獣と化していた。


        ☆


【 二時間前 魔法世界シュエル・ロウ 魔法国家フェリル 】


 宮殿の意匠、庭の意匠といったすべてに中世欧州の外観が占めている敷地の外れ、一ヵ所だけ例外的に近代建築の建造物がある。特務機関DMSRだ。三つ目の諜報機関として設けられたこの施設はこの国の王子の居場所となっている。

 その中の通路をサラ・リキエル中尉は早足で移動していた。運よく王子が来ていることを彼女は同僚から知らされたのだった。彼女は王子を探し、モニターの並ぶデスクの向こう、その姿をみとめると駆け寄っていった。


「おはようございます王子。お久しぶりです」


「よー。おはよう」


「あの、失礼ながら私的な相談があるのですが」


「なに?」


「ふたりだけでないと」


「そうなの?」


 左隣に賢者ミュトスが同伴していて何か言いたそうな顔をしていたのだが、彼は黙ったままだった。

 ふたりが連れ立って会議室に入ると王子は椅子に座りながら言った。


「急ぎの用?」


「はい」


 テーブルには小ぶりな赤い箱が置かれてあった。その上にデュカスは青いタバコの箱を乗せた。着席すると少し間をあけてからサラは話を切り出した。


「実は……あたしハーフなんです」


「そう……」


「魔法世界リンドロラウの一国、バラードとここフェリルの」


 一瞬きょとんとした顔をしたあと王子は静かに言った。


「それは知ってるよ」


「え? そうなんですか?」


「採用する前に調べるだろ。母親が移民……異世界からの移民だ。べつに魔法界が幾つもの世界から構成されてる多重世界なのは一般市民のなかでも裏の常識になってるはずだ」


「問題ありませんか」


「あるさ。だが君は特殊な例だ。調査・分析した結果、国益にかなう人材と判断した。だから軍に採用されたんだ」


「そうだったんですか」


「そりゃ反対意見はあったさ。でも総合的に鑑みて俺が推した。人の価値に出自は関係ないとね」


 宙空をにらみながらサラは涙を流し始めた。


「なんだ? 泣くようなこと言ったっけ」


「いえ、小さい頃……小さいときだけですけどそれが理由でいじめられてましたので。学園に上がってからはそんなことはありませんでしたが」


 言い終えるとすぐに泣き止んだ。


「そう……そんな細かいことまで把握できんからな。つらかったな。……で用件は」


「その母親の母国がいま隣国から侵略を受けているんです……数的不利な上に正体不明の傭兵も加わっているようで国家存亡の危機にあります。それで応援要請があたしのところに来ています。お許しが頂ければ出撃したいのですが」


 王子は即座に言った。


「だめだな。君はこの国の公僕だ。国家の人材を危険にさらすわけにはいかん」


「……そうですよね、、」


「そこの賢者会は何をやってる」


「元々領土問題で揉めてる両国なので、今回の戦争は外交手段としての戦争だと判断しているようです。それに相手国は市民に手を出していません」


 王公貴族のみを排除して国を乗っ取るやり方は魔法界ではよくある例だ。このやり方であれば最高権力機関賢者界に介入の大義名分を与えずに済む。


「国連は?」


「不介入だと」


「どこも似たようなもんだな。行きたいなら軍を辞めてから行け……と通常ならなるんだが」


 デュカスはしばし考えたあとつづけた。


「内緒の話だけど、たまに俺もよその世界に行って仕事をしてる。自分がやってるのに部下はだめってのもおかしいだろ」


「そうなんですか」


「困ったな。大事な人がいるの?」


「祖父母が健在です」


「では休養とゆーことにするか……。移動は? 誰か来てるのか?」


「賢者の方が実家に来てます」


「敵はなんて言う国?」


「確かガルーシュだったと」


「まったく、バラードは経済的には大国だが軍は弱い」


「知ってるんですか?」


「防衛予算をけちってる。事情はわかった。出撃を承認する。ただし命が危ない状況になったら即待避、帰還すること」


「わかりました」


「が、少し待て」



























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