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 デュカスがその問いを受けた。


「呪いの術とか呪いの魔法は決まった定義のない曖昧な言葉です。雰囲気用語みたいなものです。対して闇の魔法は賢者会が禁じている魔法全般の呼び名です。体系としては闇の魔法という概念のなかに呪いの魔法・術があると」


「でも罰則がないんですよね」


「そう。なぜなら賢者自身が使うから。道義的に禁忌としてある、ということです。リミッターを掛けてる。だから賢者は曖昧に“呪いの魔法”の方を使っているのです」


「そうだな。他に説明のしようがないな。疑問には思うけど賢者の領域なんで口出しできん」


「元々は賢者対賢者の分野で発展してきてる賢者の専門分野なのです」


「ハイ質問!」「なに?」


「王子が使ってることに何にも言ってこないんですか?」


「そもそも基礎を教えてくれたのが賢者会の人。彼らはデータが欲しいんだ。実際に使うとどうなるかはわからないからね。彼らも」


「いやでも、それだと自分たちだって危ないのでは?」


「危ないけど誰かが使わないことにはその魔法の内実はわからない。内実がわからないと対応策、防御は難しい。……ああ、前提としてさ。賢者会の内部なり、賢者全体の世界のなかでも対立や軋轢があるのよ。データが要るの。少しでも優位に立つために」


「じゃあ、ある意味王子を使ってトライ&エラーをやってるということですか?」


「結果的にはそうだね」


「おかしくないですか? 対賢者会を標榜してるのに」


「何度も言ってきてるけど、それは役割。フェリルが与えられてる役割」


「実際には攻めたりしないってことですか?」


「そうじゃなくてこの世界から与えられた役割。天命ってこと。攻める攻めないはそん時の王族が考えること」


「でも言わば“敵”じゃないですか」


「天命ってことは、賢者の側も受け入れないとだめなんだ。敵だから排除、では天命にそむくことになる。それは考えられん悪だよ」


「悪……」


「排除だと世界を崩すってこと」


「いやしかし歴史的には排除をやってきてるじゃないですか」


「それは反政府組織とかならず者組織に限定されてきてる。フェリルが差別されてた時代でも、除け者にはしても攻撃はしてない」


「……」サラは口をつぐんだ。


 ベリルが言った。


「お前だってボルダゲールがどうなったか見たはずだ。あれが俺たちの棲むこの世界の縮図だよ。俺たちの未来かもしれない。まかり間違えばな」


「……」サラは表情なくデュカスを見つめている。「次いこう」とデュカス。


「では次。デュカスさんたちがバラードの賢者会本部に赴いた際に、代表との会話のなか……〈わかっとらんな〉のところでデュカスさんはソロスさんに後で訊くと言っていますが、この件はどうなっているのでしょうか?」


 ソロスが受けて答えた。

「それはまたいつか話そう。でもデュカスだけにしか話せない」


 ベリルは不満げだった。

「気分よくないですね」


「気分よくないスね!」とサラ。


「複雑で面妖な話なのだ。歴史改変と真実の歴史たる創世紀の両方を語らねばならず、どうしても長くなる。それは読者も付き合えんだろう。嘘を言うわけにはいかんからな。私は元神官なので──」


 ベリルが言葉を挟んだ。ちょっとだけ驚いた顔をしてみせながら。


「認めた」


「認めた!」とサラ。


「──私が罰を受けることになる。デュカスはフェリル王族ゆえに知る資格があると思う」


「なんでそう慎重なんです?」とデュカスが問う。


「創世紀の話は慎重にならざるをえん」


「創世紀って賢者会の祖先がこの世界を構築したって話でしょ」とベリル。


 ソロスは無言だった。


「どこの魔法世界でも共通してる部分ですよ。彼らが神聖視される理由です」


「次の質問にいきたまえ」


「違うの?」


「違うんですか?」とサラ。


「次」


 サラは納得してない顔だったが手紙に戻った。


「これあたしが読むのかな? ……ひどく気になるのはサラさんが過度に甘やかされている点です。いや、主人公ですから補正が入っているのでしょう、それはわかります。しかし気になります。──です」


「致し方ないところですね。彼女を中心に据えているのでそうしないと物語が成立しないんです。というメタ的な部分と、魔法世界の秘密の部分とがあります。結論だけ言うと俺もベリルも自分の身を守るために甘やかしているのです」


「そうだな。説明して伝わる話じゃあない……体感の話だからな。俺もいろいろ経験してきた上で、それを踏まえてサラとは付き合ってるからな」


「?? わからないです」


「君は天才だから気が付かないしわからないんだよ。伝わらない話はここまで。次」


「待って下さい、これあたしの問題じゃないですか。なんで流そうとするんですか」


 ふたりとも黙り込んだ。代わりにソロスが説明に入る。


「くどいようだが極端な喩えをするとな。お前だってボルダゲールの最期は目にしているだろう。ああいう世の仕組みのことを云っている。説明はここまでだ。反駁は許さん。疑問も許さん。黙ってろ」


「次どうぞ」とデュカス。


 サラは明らかに怒っていた。


「はい。……これは意味不明な内容ですね。一応読みます。“デュカスさんは結局取り込まれてませんか?”と。この一行だけです」


「何の話?」とベリル。


「いや……」


「王子には通じる話なんですか?」


「いや……」


 ベリルが不満げな顔で言う。

「いやじゃわからんよ」


「スルーで。王族にはやんごとなき案件が多々あるんだ」


 そのあと彼はサラに向かって言った。


「次は?」


「いまのが最後です」


「そう。じゃあこのコーナーはここで締めます」


 デュカスはそう言って席を立ち、すたこらさっさとこの場を去っていく。


 ややあってベリルがソロスに声をかけた。

「いつかでいいですから創世紀の話は俺たちにも聞かせて下さいよ。そこはお願いします」


 ソロスはこう答えていた。

「考えておこう」と。



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