17
その言葉を受けて賢者会代表はちらりと視線をやる。
「取引するなら報酬を提示せよ」
代表は視線をデュカスに戻し言った。
「……望みがあれば言ってくれたまえ」
デュカスは即答する。
「《マスターズ》を読ませて戴ければ、それを上回るものはありません」
「それは……」
代表の周りがざわめいている。
「複製ではなく読ませて戴ければそれで。持ち帰って議論されてもいいです。明日の朝にでも答えを出して──」
さえぎるようにタンジールは言った。
「事は急を要する。いまここで議論する。待ちたまえ」
半透明の結界が素早く彼らを包み、他の三名は見守るしかない。
そろりと歩みを国王に進め、サラが国王に小声で尋ねる。
「マスターズって何ですか?」
国王も小声で返答した。
「奥義が記された秘伝の書だ。賢者会に代々受け継がれている。しかし、賢者でなければ読む意味がないとも言われておる。内容も言語も難解と聞く」
「王子は賢者の資質がありますから、たぶん大丈夫なんでしょう」
「! なんとそうなのか……どうりで」
会議は十分ほどで終わり、結界が消えるとタンジールが結論を述べる。
「閲覧を認める。ただし閲覧時に賢者会メンバーの誰かをその場に同席させること……これでどうだろうか」
「ああ、まあ、それでいいです。OKです」
「助かる。この依頼はお主が相手だからこその依頼だということを理解して貰いたい。通常ならあり得ないということを」
「それはまあ、そうなんでしょう」
「では頼んだ。何かあればアスナケージに何でも申し付けてくれ」
何の動作もなくそれぞれの足元の床に魔方陣が浮かび、賢者会の六名は同時に姿を消していく。国王エリーアスは彼らが消えると憤懣を吐き出した。
「なんとまあ、最高権力機関がよその世界の人間に丸投げとはな。こんなことがあってよいのか」
デュカスの顔には諦念の表情が浮かんでいた。力のない声が漏れる。
「身動きとれない、というのはわかりますよ」
「すまぬ、デュカス」
「困りましたね」
そう言ったきり考え込むデュカスをサラは距離を置いて眺めていた。自分の知らない王子の姿がそこにはあり、急に存在が遠く感じられる。自分に何か役に立てることがあるのだろうか。
デュカスとサラのふたりはアスナケージの執務室を訪ねていた。彼の意見を聞くためである。大きなデスクの上に地図を広げアスナケージの言葉にふたりは耳を傾けている。
「第一に山岳地帯、特に広大な岩場の領域が怪しい。第二に森だ」
ガルーシュ領地内に潜伏という仮説は彼も同じだった。
「森にはエルフがいますから情報が得られませんか」とデュカス。
「こちらの世界のエルフ族は人間と関わりを持たない。……お主の見解は?」
「地下亜空間ではないかと」
「それは異界の術だよな」
「政府と繋がりがあること自体は明白ですから向こうの国王に直接あたりますか」
「居場所は知らんだろう」
「呼び出して貰う」
「力関係が上ならそうだろうが。そう思うか?」
「いえ。利用されてる側でしょうね」
「それにな、王を第一の標的とするのは勧められん。物事が難しくなる。担当賢者を敵に回しかねん……内政において担当賢者にはバランサーの役割があることを考慮すべきだ。……あくまで直感だが本質は別のところにあると感じる」
「政府とは切り離せということでしょう?」
「利用し利用される関係があるだけではないか」
「あなたがそう感じるんだ。きっとそうなんでしょう」
「デュカス殿。私はできることなら何でもするつもりだ。しかしどうも何もできない気がするのだよ」
デュカスが気持ちを切り替えて尋ねた。
「ボルダゲールの除籍の理由は?」
「非合法薬物の横流しだ。バロウズという国の担当賢者を裏で操り多額の利益を得ていた」
魔法界では多くの場合、医療用や魔法使いのメンタルケア用の薬物に関して担当賢者に管理を一任している。
「担当ではなかったわけですね」
「国連付きの平の賢者だった。つまりいち職員という立場」
「賢者会とうまくはいってなかった?」
「上位の役職が欲しかったのだと。しかし能力は高くても人間性に難ありでね」
「その能力が気になりますが」
「そこは口止めされておる」
「なぜです。重要でしょ」
「プライドを投げ捨ててお主に依頼しておるが、何でもかんでもとはいかん。理解して貰いたい」
どこか悲しげな色を滲ませるアスナケージの表情を見て、デュカスは不満を押し込んだ。いろいろと思い通りにはいかないことに苛立ちがつのる。が、それは致し方なかった。ここは異世界なのだから。
ふたりは賢者の執務室をあとにした。
「アスナケージさん何もできない気がするって、、そうなんですか?」
通路を歩きつつサラが訊いてくる。
「例えば異世界間移動はできてもそこから先はNG。不干渉原則がある」
「不便ですね」
「だからこそこちらは有利でもあるんで……困ったなあ」
「?」
「ともかくサラ。アンダール・シウダに行くよ。その一国、ソミュラスにな」
「どこです?」
それは初めて耳にするワードであった。
「ベリルの故郷。で、インディボルゲに会うために」
「ええ?」
わけかわからなかったが、自分のいまの役職は秘書である。黙ってついて行くしかなかった。魂の実体化というものを彼女は間近で目にしている。そのことへの恐怖があった。だがそれよりは興味が上回りもしている。胸がどきどきと鼓動を強める。
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