16(第二部)

 翌日、サラの体調は昨日よりはかなりのところ改善していた。多少びっこを引きながらもとりあえず歩くことは可能だった。慢性的な痛みはあるが声が漏れるほどではない。ところでちょっと驚いたのは、いや驚くことでもないのだがサリア王女の変装がばれて避難先に連れ戻されたことである。


 親しくなったわけではなくとも残念な気がした。デュカスの耳にも入ったであろうに、今朝会った際、彼は一切そのことには触れなかった。なのでこの件についてはサラも王子に合わせることにした。


 現在時刻は十一時頃。病室前の通路でリハビリに励んでいるサラのところへ王子がやってきた。


「起きて大丈夫なのか」


「動くと少しずつ良くなっていくので。動かないと体が重たくなるんです」


「それ重症ってことだよ。体の機能が変調をきたしてる」


「少なくとも気持ちが楽です、動くと」


 本音を言えば怖かったのだ。怪我は何度も経験してきていても入院などというもの自体が初めてのことで心が追い付いていかない。


「あ、そう。なら俺のそばに付いてろ。秘書的な感じで」


「はい……いいですけど。何かあるんですか」


「病室にひとりはちょっと危ない。君は今回の件の中心にいるんだ。狙われる可能性がある」


「ええ?」


「少なくとも正式に終戦協定が締結されるまでは気を緩めちゃだめだよ。勝ったのは君なんだ。まず報復の対象となるのは君」


「そうか……考えてませんでした」


「だから重症なんだよ、ふつうなら誰に言われずとも警戒してるよ」


 ほんとうにいま気づいてサラは少し衝撃を受けていた。まだ終わってはいないのだ。目の前のことにしか神経を回せなかった自分を彼女は嘆いた。そもそも報復のリスクはこの先ずっとつづくものである。しかし頭から払いのけていた。


「着替えてきなよ。待ってるから」


 サラは素直に従った。狙われてるって、いま襲われても戦えないよ……とがっくり肩を落としながら。


 維持されている司令室にふたりで赴くと、デュカスは護衛のキースから王の間に行ってくださいと告げられた。


「何やらあるようです」


「というと?」


「衛士が全員、退室させられました。つまり来賓があるのでしょう」


「こんな時に何だろう? ガルーシュの使者でなくて?」


「違いますね。ガルーシュは沈黙したままです。こちらの連絡には応じません。国王の言う通りこう着状態がつづくのだと」


 デュカスはサラを伴って王の間に向かった。豪奢な廊下は無人だった。王の間の扉の前さえ衛士は払われている。サラは無人の空間の左右を見て不安に駆られた。ただ事ではない何かを感じ取っていた。隣にいる王子はぽつりと「まずいな」とつぶやき、それも彼女をさらに不安にさせる。


 ノックをしたあとデュカス、サラの両名は王の間に入り、扉が閉まるとサラは奥に位置する法力の闇に驚き、おののいた。


 あれは──


 奥の大きなソファーの列に賢者服の六人の姿があった。ここリンドロラウの賢者会メンバーに違いない。彼らは一斉に立ち上がりデュカスを見やるとそれぞれに頭を垂れた。


「待った待った、やめてください」とデュカス。


 国王エリーアスは玉座に深く腰を下ろしたまま黙って事の成り行きを見守っている。 


 代表であろうひとりがデュカスに言った。


「賢者会代表のタンジールだ。最初にお主に詫びなければならん。今回の件はどうやら我々に原因があるようなのだ。我々に落ち度があった。そのせいでお主の大事な国民を巻き込んでしまった」


「どういうことでしょう」


「その前にサラ殿を外してくれ」


「いえ、できれば同席させてください。彼女は戦力ですよ。それに彼女がいれば“自衛”の形が成立します」


「そうか……わかった。認めよう。……さて五ヶ月前のことだ。ボルダゲールという賢者がいたのだが我々はこの男から賢者の称号を剥奪した。しかしその後、この男は消息を絶つ。我々の掴める範囲の外にいるのだ。こんなことは前例がなく何かあると警戒はしておったのだが……デュカス殿、サラ殿、すまぬ。この人物が今回の件の首謀者のようなのだ」


「まだ確定ではないのですね」


「よからぬネットワークと提携し今回の計画を企てたらしい。そこまでがいまのところわかっていることだ。つまり外の魔法界との提携ということになる。これでは情報収集において我々には限界がある」


 デュカスは黙って聞いていた。


「本題はここからだ。デュカス王子、我々に協力してほしい。ボルダゲールの捜索にあたってほしいのだ。結果としてここバラードの国益とも結びつくはずだ」


「協力と言われましても。あなた方にわからぬものが僕にわかるわけがありません」


「頼る者がお主しかおらんのだ。我らは行動に制限が与えられている。相手はその弱点を知り尽くしている。お主であればやつの足取りを掴み、どこに潜んでおるのかわかるかもしれない。居場所がわかれば我らも動ける。……そこまででよいのだ。その後の処理はこちらが行う」


「隠密は賢者の得意分野。可能性は低いです」


「アスナケージを助手に使ってもよい」


「居場所はふつうに考えてガルーシュが匿っているのでは?」


「それならば担当賢者を通じて我らも掴めるはず」


「その賢者さんが買収されている可能性は?」


「その点は確認済みだ。本当にこちらは手詰まりなのだ」


「動機は復讐なのでしょうか」


「その可能性が最も高い」


 国王が割って入ってきた。


「よいかな、タンジール」




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