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「俺は戦闘系ですよ。気にしてたら生きていけません」
「……お前のせいで、、数多の命がついえておる……しかも……苦痛のなかでの死だ……」
「そうですか。いやしかし俺はあなたを知りませんが」
「お前のせいで……お前に関わったせいで……私までが呪いに掛かっている……、ぐお……」
かなり苦しそうである。
「何かできることはありますか?」
「……この、悪魔めが……ぐおおう、」
「水とかいりますか?」
「はあうあ……、なぜ私に届く……、なぜ私を襲う……」
「そう言われましても」
デュカスはシーツから出てベッドに座った。
「お前など……一瞬で葬れるものを……うがっ、うがあっ、うごおお~……」
影は苦しそうであった。苦しさが増しているようである。
影は全身全霊をかけて手を伸ばしていた。右の手の平をデュカスに向け、何かをしようとしている。
「があはッ!」
しかしそう声を上げるとまたうずくまった。その時床にノックがあり、デュカスは床の結界を解いた。ぬるりと仮面の男、アッシュが現れ、その左腕から銀色のワイヤーのようなものが放たれる。ワイヤーは影を捉え、影の全身に巻き付いてゆく。ぐるぐる巻きになると影は沈黙しぴくりとも動かない。
アッシュが言った。
「やはりここに来たか。こいつはずっと私から逃げ回っていたのだ。ようやく捕まえることができた。……といっても見たところお前は何もしてないようだな」
フード下で鈍く輝く銀色の仮面。賢者服に似たライトグレーのコート。備える法力は地上のものではない。
「はい。応対はしてましたけど」
「危なかったな。こいつはいくつも規則違反をしてるやつで、危険だった。ま、だからこんな目に遭っておるのだが」
「苦しそうでした」
「デルタ・ランブラ創設に関わり、背後で指揮していたのはこいつだ。いまとなっては過去の組織だがな……、申しわけなく思う。デュカス、こいつは我らの一部なのだ。迷惑をかけた」
「そうですか……、そんなことよりあなたの固有名詞を教えて頂けませんか。やりにくいです」
「困ったな。それは許されてない。まあ待て。状況が変わるのを。隠しとうて隠してるわけではない」
「コードネームでいいんですよ」
「すまんが規則なのだ。特例扱いとなるまで待て。しかし……私はお前の味方というわけではないぞ」
「それはわかってますよ。でも俺よりずっと、比較にならないほどずっと魔法の核心にあなたはいる。教わるべきことはたくさんあるでしょう」
仮面の奥の表情はわからないが、アッシュはしばし無言でデュカスを見つめていた。
それから「ではな」と言って、彼は影を引き連れて床に潜っていった。
デュカスはゆるゆると体を動かして、コップに白湯を用意し、それを飲むと深いため息をついた。脳裡にあったのは満天の星空だ。畏怖を感じるほど澄み切った世界の空で光る星々の輝きだ。アッシュと会うたびにその世界は広がっていくように彼は感じた。〈宇宙空間に広がる、どこまでも長く延びた両腕〉という概念がある。ノウエル生活で出会った、彼が好む概念だ。
デュカスはいまそのなかに身を置いていることを実感している。そして、消えゆく命は星となって夜空に輝くのだろうと彼は思うのだった。
☆
【 ── 天界 ── 】
天界の宮殿内・神官の間ではデュカスの依頼人、アインを含めた五人が会合を開いていた。神官代表は欠席している。賢者服のモデルとなった神官たちの纏う衣服には深いフード付いており、アイン以外の者たちはこのフードを被って顔を隠している。
高い天井と遠くの壁に囲まれた白い空間に声が響く。
「なかなか自滅せぬな」
「十四号を四発で沈める男が自滅するか?」
「あやつが何をやったのかわかる者は?」
「明確にわかる者などいまい。漠然と感じるのはノウエルで蓄積した何かだということだ。やつは十四号の核に用いられた技術に気づいた。ノウエルの生体エネルギーを混ぜ合わせてあることにな。ならばと自分の経験から生み出した何かを攻撃魔法に転用したのだろう。激しい法力消費は開発途上の技であることを示している。やつにとってイチかバチかの技であったのだと」
「何かとは?」
「我らが忌み嫌うものだ。高レベルの情報操作力、それを受け入れる途方もない適応力の高さ、それを意識の外に追いやりシャットアウトする心のフィールドの頑強さ……それらは法力に転換可能だ」
「概念の法力化か。さすがにクリエイトのなせる技か。法力消費もうなずける話だ」
「しかし推測の域を出まい」
「そもそも最初の相手が十四号であればおそらく勝っていた」
「それにソロスまで取り込んだぞ」
「そこは都合がよい。我らの立場に立った考えができる人物がそばにいるのは助かる。戦力としては大したことはない。むしろ問題はサラ・リキエルの方であろう。あれは我らの予定外の現象だ。我らにとってプラスなのかマイナスなのか」
「イレギュラーなのは確かだが……あれは仕方なかろう。あれこそ我らを越えた“意志”の産物だ。扱いは慎重を期さねばなるまい。とはいえデュカスのようにクリエイトはできまい。純然たる戦士に映る」
「あれはなんとでもなる存在だ。誘導できるからな。場合によってはデュカスにぶつけることも可能だ。ソロスの方が懸念材料と思えるが?」
「ソロスは我らを恨んでおるだろうよ」
アインが発言する。
「恨みはもう消えてますよ。すべてを諦めた時すでに」
「アイン、お前の企みはあからさまだ。代表と懇意のカルナックに対する対抗策であろう?」
「あなた方とてカルナックの危険性は理解しているはずです。彼は付与された力を権力拡大にしか使っていない。アッシュを利用する、ノウエルを利用する……目に余るものがあります」
「その点が代表を安心させる点だ。論理が明確だからな。そして実に下級種族らしい振るまいでもある。その視点から言えばデュカスの異常さは筆舌に尽くしがたい」
「本気で言っていますか?」
「本気ではないが、我らとてひとつの方針でまとまるしかない」
「デュカスの働き自体は我らも高く評価しておる。着実に人類を減らしていってる事実は彼の功績として認めるところだ。だが一方で彼は我々にすら不安を与える存在でもある」
「まあ、、お主の企みも一興だ。楽しみにしておるさ」
「我らの神はゼロを求めておる。そこを忘れるな」
「デュカスの未来は決められている。我らは導かなければならぬ。破壊神となる未来を」
それは無理ですよ、とアインは胸のなかでつぶやく。あなた方とて世界の一部にすぎない。そんなに思い通りになるのならこうなる前に手を打てたはず。我々は身のほどを知るべきです。
アインは短く答えた。
「わかってますよ」
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