23 書簡

「ざっくりとはいけそうに思えるな。一緒にいるのは元ソミュラスの兵士なんだろうが、そいつは魂扱えるのか」


「抜けた四人のうち扱えたのはインディボルゲだけだ。過去の話なんで用心に越したことはないが。でも……たぶん誰であっても地上には出てこないんじゃないかな」


「なぜ?」


「三人ともインディより格下だ。サラがいるんじゃ上は出撃命令出さんだろう」


「契約によるんじゃない?」


「デルタは抜け目ないよ。戦闘員を使い捨てにはせん」


「詳しいんだな」


「その話はあとでする」


 クロムやサラがいるところではできないのだ。


「追い込めたとして地上に出てくるのは元賢者だけか……」


 そう言ってガルーシュの空を眺めながらデュカスは一服し始めた。クロムが一本くれとねだったので新品のスカイブルーの箱を彼に渡す。


「封を切ると三日目には味が変わるんで注意してください」とデュカス。


「あ、天然成分が多いってことですか?」


「はい。特にこれはね」


 ベリルが言った。


「デュカス、向こうは何らかの魔法でこちらを監視してる。こちらの動きは筒抜けだ。どうする?」


「オープンにしようと思う。ガルーシュ政府に言うわけだ。ボルダゲールの居所は大まかに把握した。明日捜索を開始するから邪魔するなと」


「陽動か。煽って効果あるかな。お前ほんと政府とか王に直でなんかするよな」


「のんびりしてても対策を取られる。そもそも俺には潜伏してる理由がよくわからん」


「それはお前がいるからだろ。歯軋りしてどこかへ行けと願ってる」


「べつに元といっても中身は賢者なんだ。俺を恐れる理由がない」


「関わりたくはないだろ。向こうは戦闘好きってわけじゃないんだ。私益がモチベーションなんだから」


「そういうもんかね」


「この際言っとくが戦闘種族なんてフェリル王族だけだ。しかもこの時代にはお前だけ。いいか? フェリルの対賢者会なんてテーゼは幻想なんだ」


「そう言われてもな……建国の理念かつ伝統文化なんだけど」


「空気を吸うみたいに対賢者の魔法について日がなあれこれ考え試行錯誤なんてのはお前だけだよ」


「なんか怒られてる気分なんだが」


「世の理から乖離してる。逸脱しすぎだ。サラも何とか言えよ」


「えーあたし部下ですし」


「どこの世界に賢者とやろうってやつがいるかって話」


「いや魔法界におけるフェリルの役割──」


「またそれか」


 ハハハとクロムが笑った。タバコ片手にニクイ笑顔を我が王子に向ける。


「ベリル王子言いすぎですよ。言ってることは面白いですけど」


「事実を言っている。軍人は伝統文化だからと理解して受け入れてるだけで当たり前には思ってない。そうだろサラ」


「あたしに振られても」


「事実と違うのならサラが抗議してるはずだ。違う。断じて違う、と。首を振りながら叫んでるはずだ」


「そうなの?」とサラの顔を見るデュカス。


「んー」


「ほら。即答できん」


「反論できないですね。いちいち正論です」


「お前がおかしいんだデュカス」


 サラは自分なりの擁護論を思い巡らせいまの時点での本心を語ることにした。


「でも……だからデュカス王子が王なんですよ。いまのフェリルは。あたしもつい先日気づいたんですけどね」


 え?と当惑したのはソミュラスのふたりだった。


「それでバランスされてるのが現状なんです。あなた方も住んだらわかります」


 ソミュラスのふたりは顔を見合わせていた。


「あたしにわかるのはその元賢者さんが物凄くデュカス王子を嫌ってるってことです。物凄くね」


 男三人は不思議と彼女の言葉に納得させられるのだった。


 夜のためこれ以上の捜索は行わず、四人は城に引き返していく。彼らの行動や会話はすべてガルーシュの担当賢者が把握しており、ただちに王へと報告されていた。


 午後十時。ガルーシュ国王ニコラスの元へ書簡が届けられた。送り主はデュカスである。


〈親愛なるニコラス王へ ボルダゲールの居所は大まかに把握しております。明日午前に捜索を開始する旨お伝えしておきます。小競り合いや戦闘等、勃発する可能性がありますので戒厳令の発令をお勧めいたします。苦情や相談は賢者会にどうぞ。デュカスより〉


 王は読んだあとその場で書簡をびりびりに破いた。しかし破いたことでデュカスが書簡に用いていた闇の魔法が発動してしまい、王は突然の腹痛に襲われ倒れ込み、床を転げ回った。慌てて駆けつけた担当賢者によって修復魔法が書簡に施されてようやく王の腹痛は治まる。


……のであったがおのれデュカスと口走ったために今度は全身の筋肉に激痛が走った。あまりの激痛に跳び跳ねてしまう王である。再び床に倒れ込みうひゃううひゃうともがき苦しみ始め、王の間には呻き声と悲鳴が交互に鳴り響く。


 これは術者が望んでいたものではないのだが、これこそが闇の魔法の難しいところで、術者本人の制御を越えた働きがあるのだった。


 王は涙した。身を痙攣させつつ涙をこぼした。痛い、痛いぞ、余は痛いぞ、なんとかしろ、とそう胸の中で叫びつづけた。担当賢者は書簡から呪いを消そうと頑張ってはみたが徒労に終わった。術者本人さえどうにもできないことである。致し方なかった。おそらく呪いの効力は十分程度だと思われる。


 これは致し方ない、我は無力なり。担当賢者はただ、首をうなだれるのみであった。


        ☆


 この日の深夜、サラは胸騒ぎがして一度目を覚まし、時刻が五時であることを確認したあと再び就寝する。事態は急展開を迎えようとしていた。同時刻アスナケージはベッドの上で異常に気づき、自身の体が動かせず声も出せないことを知る。


(これは縛か……!)


 自身の危機を理解したが対処は不可能であった。対賢者用の“縛”であったからだ。部屋の隅に黒い影があった。動けないアスナケージの死角に位置するその影はゆっくりと実体化していき人の姿へと変貌する。


 元賢者ボルダゲールがそこに立っていた。彼はアスナケージに近寄り言った。


「久しぶりだなアスナケージ。元気か?」


「デュカスの陽動に乗ってやることにした。ついては相応の代償を払って貰う。恨むのならやつを恨め…… しかしお前のような無能が担当賢者とはあきれ果てるな……こうもあっさりと術にかかるとは」


「が、私の役に立てるのだから光栄に思え」


「このまま人生のクライマックスを迎えるとはいえだ。神に選ばれし私の役に立ち死んでいけることを感謝しろ」


「聞いてるかアスナケージ。私にだ」


 アスナケージが拘束されている頃、デュカスは就寝中だった。デュカスが無策だったわけではない。城全域に銀球のセンサーを張り巡らしてはいた。しかしアスナケージは賢者の防御結界を自室に用いており、センサーの働きは無効になっていたのだ。ここではボルダゲールの情報収集力と才覚がデュカスを上回っていたのである。


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