25

「……うう……呪われよ……呪われよデュカス……」


「生まれた時からそうですよ」


「地獄に落ちろ……!」


「ええ。地獄でまた会いましょう」


 火種はまるで意志を持っているようでもあった。見守っている全員に何かを啓示するかのように。


「うう……ひぃ……ひぃぃ……ッ!」


「いやまあ、案外ここが地獄かもしれませんが」


 ここで火種は炎となり加速した。一気にゴオッと燃え盛り頭の頂点まで赤い炎が包み込む。業の成せる現象であった。そこには確かに人間を越えた存在がかいま見られた。


「ひぃああ!」


 断末魔がこだまし、炎のなかみるみるうちに肉体が細切れになっていき、やがては灰塵と化して消えてゆく。炎もまた役目を終えたようにして虚空に消えてゆく。

 潔い消え方、散り方だなとデュカスは感嘆した。見事な最期である。そして見事なり魔法の神よ。


 丘の上から荒野に移動して横たわるアスナケージに近寄ろうとするサラであったが、デュカスに「近寄るな!」と強く制止される。


 彼は強い口調で言った。


「危ない。手錠に残留思念が残ってる。賢者会に任せよう」


 千里眼で戦況を見ていたにしては遅い到着であった。代表のタンジールと他二名が失神したままのアスナケージの元に歩み寄り、警戒感を滲ませながら遠巻きに手錠を観察している。タンジールが当惑の声で言った。


「これは……本部に持ち帰って鍵を作った方がよいな。破壊は我らも危険だ。時限設定があるとは思うが」


「爆発とかします?」


「どうかな? それだと作る方も危険にすぎる」


 他のメンバーが大きめの魔方陣でアスナケージを囲み、三名一緒に沈み込んでゆく。


 残ったタンジールはデュカスを労った。


「ご苦労だった」


「ま、早くガルーシュとバラードの協定を結ばせて下さい。直に仲裁に入って下さいよ」


「ああ。……褒美はいつ来てもよい。そちらの都合に合わせる」


「はい。いろいろ済んだらお伺いします」


「ではな」


 そう言ってタンジールもこの場から去っていった。


 荒野にサラとふたりきりになるとデュカスは頭を垂れ、ずっと無言でいた。元とはいえ賢者の死。加えて自らの手では行えなかった無念。ふたつが重なり、絡み合い、彼のなかで不毛な葛藤を生み出していた。


 それを目にしてサラは胸のなかで(王子……)とつぶやく。声をかけることはできなかった。がっくりしているデュカスを見つめつつ、サラは“自分のことに集中しよう”と自分に言い聞かせた。


 丘の上ではソミュラスのふたりだけが残っていて、クロムがベリルに小声で言った。


「賢者の残留思念とは……初めて見ました。この位置でおぞ気が走りました」


「勉強になるな」


 ベリルもまた神妙な態度である。


「賢者こええ」とそう、クロムはひとりごちた。


      ☆ ☆ ☆


 援軍が来る予定だ──ボルダゲールはそう言っていた。時刻は正午、デュカスはベリルとクロムと一緒に食堂として用意された部屋で食事をとっている。


「援軍というのはアレだな、化け物を寄越すんだろうな」とベリル。


 彼の言う化け物とは人造のモンスターを指している。古典的な闇の魔法のなかに〈土人形魔法〉という土や砂から兵士を作り出す技があり、これをベースとして派生した生物兵器はおおよそ二○年前から各種存在している。大別すると人間ベースタイプと無から造られたタイプがある。


「楽しそうに言うなよ」


「ふつうに考えて生物兵器クラスのやつですよね」とクロム。


 そこへサラがやって来て、

「なんで誘ってくれないんです?」とかるくデュカスに詰め寄った。


「メシ? 近くにいなかったから」


 サラは医療チームに呼ばれて検査を受けていたのだ。


「待っててもいいでしょうに。あたし秘書ですよね?」


 ベリルが問うた。


「これからどうするんだ?」


「本来の仕事に取りかかる。先に片付けた方がいいようだから」


「ほーん」


「あれ、ベリルさんとクロムさんはいつまでいてくれるんですか?」


「ああ、さっき国に報告しに戻ったら最後まで見届けろと命令が下った。俺としてもその方が助かる。凄いモンが見れるからな」


「まったくです」とクロム。


「君ら気楽だな」


「気楽だよ」とベリルは笑った。「ま、何かあったらガードする仕事はするからさ」とそう彼はつづけた。


 と、そこへ厨房にいた中年の女性スタッフが両手に赤い箱を抱えてやって来て、

「すみません。あの、これをベリルさんにって頼まれまして」とおずおずと述べた。


「ありがとうございます」とデュカスが受けとり、箱をベリルに渡した。女性スタッフが戻っていく。


「また俺? ……今回は非常に難しいと書いてある」


 ポストイットに記された文言を確認すると彼は早速箱の中から手紙を取り出し読み始める。


「縛、拘束魔法というのが出てきてますが、元賢者さんはなぜ対戦闘系の拘束魔法をデュカスさんに使わなかったのでしょうか。──とあるが」


「簡単に想定できて──複雑な魔法は結局、対応策をとられてしまう、ということだね。縛なり拘束魔法の類いは防御法が確立されてる──フェリルではそうだという話で他ではそうでもないみたい。まず防御から学ぶのがフェリルの流儀で、賢者が使う魔法への対処は基本中の基本なんだ」


「この辺がまず俺たちには理解が及ばん点だからなあ」とクロムがこぼす。


「前に弾いたよな」とベリル。


「弾いたり、無効にしたり、いろいろと可能」


「あたしはまだよく理解できてません。法力が相手より大きいと決まるってしか」


「今回のケースは“使えないことに気づいた”ということ。最初に俺を見た時に彼は気づいたはずだ。で、そこで全力で俺の射程距離から脱出していれば……亡くなることはなかった、と」


「ああ……」とクロム。


「法力は上なんだから単純に肉体の硬質化だけで、そこそこの勝負にはなったかもしれない。中身は賢者だからね」


 ベリルがコーヒーをひと口飲んだあと言った。

「プライドが許さんだろ」


「結論を言うとフェリルの一級の戦士には通用しないってことかな。当たり前すぎて説明はとても難しい。賢者と対峙させるために生かされている種族だから……かな」


「うん……そうだな」とベリルはしんみりして言った。

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