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 サラの意志が司令室に伝わると、事はとんとん拍子に進んでゆく。

〈立会人のような類いは一切認めない〉との申し出がガルーシュ側からあり、護衛たちは口々にデュカス殿下に怯えてやがると罵っていた。


 デュカスはデュカスで自分にできることを模索している。次の戦いにはサラにとって不利な要素しかない。ダメージはもとよりこちらは相手の情報がない一方で相手はサラの戦いを見ているのだ。アルメイルは実質的には彼女に勝利しており彼のとった戦略の正しさは立証されている。


……が、考えたところで結論は最初から出ている。彼女の感性に任せるしかないのだ。その時にその時のインスピレーションで動くのが彼女のスタイルであり柔軟性こそ彼女の最大の長所である。他人がとやかく言うのは間違いだ。


 デスクの端で自問する彼のところに国王がやってくる。


「サラにアドバイスはしたのか?」と椅子に座りつつ述べる。


「いえ何も」


「この上なく不利であろう」


「いま彼女は“自分の世界の構築”に励んでいる時期です。あれこれ言うのはそれを阻害することになりかねません」


「そういうものかね」


「いま僕が住んでる国にはショーギという古典的なボードゲームがあるのですが、五年くらい前ですかね、この分野に天才少年が現れたんです。彼はあっという間にスーパースターになりました。彼自身も凄いのと同時に彼の師匠も優れているんです。この師匠は彼を弟子に迎えたとき、知るんですね。この時点で弟子の方が強いということを」


「ほう」


「この師匠は当時を振り返ってこう言うわけです。私は極力アドバイスのようなことはしないようにした。なぜなら彼の世界に悪影響を与えると思ったから、だと。そういったようなことを言ってました。……なかなかできないですよ。つまり未来が明確に見えていたわけです、この師匠の目には」


「凄い話だな」


「僕には未来なんか見えません。また僕自身は積み重ねでいまの領域にきた人間です。王族という立場、人材とインフラ、軍の組織、他国の犠牲……そうした背景があってのいまの僕なんです。ああ親父の命もそうですね」


「戦闘系はそれぞれ自分の体内に“魔法を効率よく安全に使いこなすシステム”を構築せねばなりません。法力の使用・休養・蓄積・鍛練・また使用、といった循環のシステムです。そこにノウハウはないんです。自分で自分に見合ったやり方を見つけなくてはならない」


「サラはその過程にあると」


「はい」


「そのシステムなしに軍事国家はありえんのだな」


「そうなります」


「どうりで鍛練の渦中に多くの若者が亡くなるわけだ。ネガな情報はたくさんあるのに誰も説明してはくれなかった」


「説明はしにくいです。犠牲の話ですから」


「なぜ魔法の専門家である賢者たちはそこのところのめんどうを見ないのだろう」


「それはここの賢者さんに訊かないとわかりません。世界によって歴史は異なるはずです」


「統治にとって重要な部分ではないか」


「おっしゃる通りです」


「シュエル・ロウでも何もせんのか?」


「似たようなものです。──たぶんわからないからですよ。さっき申し上げたシステムを、彼らは生まれつき持ち合わせているのです」


「そうなのか」


「彼らに自滅・自害の例が極めて少ないのはそういうことだと。自滅する時は常に権力と寄り添う時、つまり欲望に憑かれた時です」


「ああそれはわかる」


 時刻は九時を回ろうとしている。その頃、サラは意外な訪問を受けていた。


 城内、サラのいる病室。中年の看護士さんと談笑しているところにノックがあり、サラが返事をすると若い看護士が「交代です」と言いながら部屋に入ってきた。

 それを見ると中年の看護士は真顔になって「じゃ私はこれで」と言い足早に退室していく。変だなとサラは思ったが気にしないことにした。


 若い看護士のことは覚えていた。夕刻に医師と看護士の一団と面会した際、ひとりだけマスク姿であったからだ。サラはずいぶん大きなマスクだなと思ったものの、すぐに気づく。顔が小さいのだ。眼鏡もかけているので特徴があり彼女のことは記憶に残っている。デュカスもその場にいて「よろしくお願いします」と彼らに頭を下げていた。


 若い看護士が言った。


「はじめましてサラさん」


「はあ。いや、夕方に会いましたからはじめまして、ではないですね」


「その時はナースとして。いまは違うので」


「はい?」


 女は眼鏡を外しマスクも取ってからにこやかに微笑んだ。かなりの美人である。歳も同じくらいに見える。


「サリアと申します。この国の王女を務めています。三女ですけど」


 すぐには事態を飲み込めずぽけっとしていたサラであったがとりあえず挨拶をすべく気を取り直す。


「あ……、そうなんですか? どうも失礼しました。あらためましてサラ・リキエルと申します」


 そう言われると確かに気品が漂うたたずまいである。制服姿のため王族には見えないが確かに何かのリアルを感じる。一般人でない何かを。


「……ぶしつけですが何でまたナースを?」


「周囲には内緒で来ました。許してくれないでしょうから。まだ終わってませんからね。……どうしてもデュカス王子を見たくて。恥ずかしながらそれが理由なのです」


「はあ……有名だからでしょうか」


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