20

「あなたエリートだったんでしょう?」


「エリートにはエリートの世界の難儀なことがある……お前にだって王族にしかわからん世界があるだろ」


「人間関係ですか」


「まあそうだ。そこで敗れたとも言えるな」


「王はずいぶんあなたを見込んでいたようですけど」


「そういうのは“いま”わかることだ」


「わるい王じゃありませんよ」


「知ってる。それを言うな。……お前、いまは誰の依頼で動いてるんだ?」


「賢者会です。捕まえたあとは自分たちで処理したいようです」


「へえ……いいようにこき使われてるな」


「まあ、縁というか流れですよ」


「なんというか真面目に考えてばかばかしくないか? お前王族だろ。でんと構えてりゃそれでいいだろ」


「フェリルではそうはいきません」


「同じだろ」


 室内に静寂が流れ、デュカスはその静寂に身を任せている。


「なあデュカス、俺はなぜ敗けたんだ? 何がどうなったのかいまでもわからんのだ」


「さあ。あなたは完成した戦士。向こうは刻々と変化していってる若者。その違いが生み出した結果ではないですかね。実力は確実にあなたが上だった」


「そうだよな。まるで何かの実験材料にされてる気分だったぜ」


「実験材料……俺なんかそれそのものですよ」


「どういうことだ?」


「インディ。この世界は魔法の神による実験の場ですよ。そしてその周りの神々は我々を用いてゲームをやっている。それが魔法界の現実です」


「比喩……だよな?」


「比喩でなしにありのままを言ってます。しかし真実ではないんですね。我々はどの社会に属しているか、その社会がどんな社会なのかがすべてでその範囲の中で生きていくしかない。これが真実です」


「何の話をしてる」


「今後のあなたの身の振り方についての話です」


「?」


 デュカスはタバコを取り出してジッポーで火をつけると一服し始めた。

 ふたりの間に沈黙が訪れ、漂う煙はデュカスの魔法でどこかに消えてゆく。インディボルゲが尋ねた。


「なんで俺を殺さなかった」


「あなたは汚い戦い方をしていなかった」


「できんようにお前がしたからだ」


「そうは思えません。あなたは根底から戦士であり、そこは譲れないタチです」


「それでもお前がいなければ違う戦いをしてたと思うぞ」


「いまとなってはどちらでもかまいません」


「一本くれるか?」


 デュカスはタバコの箱を渡し、デスクの上に携帯灰皿を置く。インディボルゲはしばし喫煙したのち、静かに語り始めた。


「この国にクロムというA級がいる。元同僚だ。そいつは地下亜空間に関する鋭敏な感覚を持ってる。秘匿している能力なんで軍も知らんことだ」


「……探知、ができると?」


「保証はできんさ。ボルダゲールは元賢者とはいえ中身は賢者のままだろ、そいつがいるんだ。簡単ではない。だが試してみる価値はあると思うな。亜空間の隠密性は意外に難度が高い技術なんだ。隙があるように思う」


「あ、その分エネルギー消費があるってことですか?」


「お前の使う亜空間とはレベルが違うよ。G結界みたいなもんだぜ」


「!」


「思い切り大袈裟に言えばだ。……お前紅茶は作れんのか」


「庶民のティーパックならあります。俺がいま住んでる世界の」


「ああそうかノウエル住みだもんな、ハハッ、王子がな。マジでウケるぜ」


 それには答えず黙々とティータイムの準備を始めるデュカスである。


 リプトンティータイムを終えたデュカスは道具を片付けたあとインディボルゲに礼を言って退室していく。三つ目の扉を開けると通路脇のベンチに座って待つふたりの姿が見えた。


 ガレオンが声を掛けてくる。

「収穫はあったか?」


「少しは。考える時間をとってからあなたに話があります」


「よかろう」


 サラが唐突に訊いてくる。


「あの、王子疑問があるんですけど」


「なに」


「あたしたちは戦わなくていいんですか? 賢者会の人は自分たちでやるみたいに言ってましたが」


「いや? 戦わざるを得なくなる可能性が高いよ。だって見つけられたら出てきて攻撃してくる。そこで賢者会が待ったって出てくる暇なんかないよ。俺たちはフェリルの人間なんでやることやるだけ」


「ですよね」


「そん時は俺もやれる」


「ですよね」


「顔を立ててあげないと。彼らは戦いたくはないんだ」


「相手が元賢者だから?」


「いや何か理由がある。でも賢者の世界なんか俺らにわかんないもんな」


 賢者会には神経使うのだな、とガレオン。


「目下のポイントはそこです。ふたりとも向こう行ってて」


 そう言うとデュカスは目の前のベンチに腰を落とし、彼は何やら考え込み始める。


 サラとガレオンは言われた通り距離をとり、しかしガレオンは怪訝な顔をしていた。


「そんなに考え込む必要があるのか?」


「たぶんですけど自分が戦える状況にしたいんじゃないですかね。ずっと省エネで来てるんですここまで。何か別の仕事もあるようだし」


 考え込む時間はさほどかからずデュカスはベンチから立ち上がり、ガレオンの元に歩み寄って彼にインディボルゲとのやり取りをかいつまんで説明した。そして要点を告げる。クロムという戦闘系に話をさせてほしいと。


 ガレオンはこう返答した。


「それはベリル王子の仕事だな。王子に話してみよ」


 サラはびっくりして声を上げる。


「あの人王子なんですか! なんであんなに働かされてるんですか?」


 デュカスは移動サークルを床に張り、通路から消えてゆく。それを見たあとガレオンがつづけた。


「ここの王を務めるにはまず現場を知らんと話にならん。修行中ということだ」


「あらまあ」


「修行期間では王族扱いは厳禁とされてる。お前もそれに倣ってくれ」


「はあ。なんでうちの王子と仲いいんですか?」


「特に仲がよいというわけではないが、まあ恩人だからな。王子を救ってくれた。つまりこの国の恩人でもあるのだ、お前の王子は」

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