第21話 死ねない魔女


イリスがいなくなっても、庭の中にはまだ冷気が残っていた。

はぁとため息が聞こえると、セシーリアが頭を抱えている。


「アルノルド。精霊の誓いは、契約と違って覆すことはできないのよ」


契約は互いの了承や、どちらかの死で終えることができる。

しかし精霊の誓いはその誓いが果たされるか、果たされずに本人が破滅の道をたどるかの2つしかない。


「破滅というのは?」

「精霊から祝福を受けない状態のことよ」


セシーリアが「ブラン火よ」と軽く唱えて手を振ると、庭の冷気が霧散する。


「精霊は世界樹から生まれたとも言われていて、森や川、花や木、自然のどこにでも存在するの」


ウルリーカのような人型の精霊ばかりではないし、小さくて普段は目に見えない精霊もいる。


「精霊の祝福といのは、精霊からもたらされる豊穣や幸福のことを言うの」


気まぐれな精霊から、祝福を勝手にもらっている場合も多い。

そうするとその年だけ農作物の収穫が良かったり、運が良いことが続いたりする。


「祝福を受けないということは、自然の恩恵や幸福を一切受けないということ。イリスが破滅と言ったのは、精霊の祝福を受けなければ人は生きていけないからよ」

「ならば、破らなければいいのだろう?」


アルノルドは何でもないように笑う。


「だからと言って…」

「俺は、あの精霊に誓ったことに何の嘘もない」


アルノルドの真剣な声に、セシーリアは顔を上げる。


「セシーリア。さっきの精霊が言っていたことは本当か?」

「…えぇ。本当よ」


セシーリアは、小さくため息をつく。

失われた魔法を教えているのだから、いつかは知られることだ。


「中で話しましょう」


イリスの冷気に当てられていたので、アルノルドとユーリーンはかなり体が冷えているはずだ。

アルノルドが頷くと、3人は屋敷の中に戻った。



ユーリーンが暖かいお茶を淹れ、ソファーに座る。

セシーリアは、少し重い口を開いた。


「『賢者と白い魔女』という物語を知っているでしょう?」

「あぁ」


エドヴァール王国の建国物語である。

悪い魔女を賢者が倒し、このエドヴァール王国を興した。

だからこの国の者は、白い髪の魔女に対して悪い印象を持っている。


セシーリアは、ティーカップに視線を落とす。


「その物語に出てくる魔女が、私よ」


アルノルドの空色の瞳が、大きく見開いた。


「だがあれは…300年前の話だぞ?」

「私は、死ねないの」

『不老不死ということか…』


「どうしてそうなったんだ?」

「あなたたちが賢者と呼ぶ男に呪いをかけられたの」

「さっきの精霊は、セシーリアの全てを奪ったと言っていたが…」

「精霊は嘘を言わないわ」

「ということは…国を、家族を、居場所を奪われたのか」

「そうよ」

「お待ちください」


珍しく、ユーリーンが会話に入る。


「あの建国の物語に出てくる魔女は、倒されたのではないのですか」

「歴史というのは、勝者が残したものよ。その全てが正しいと、どうして言えるの?」


何も言い返せず、ユーリーンは言葉に詰まる。


「建国の物語は、嘘なのか?」


セシーリアは、静かな瞳をアルノルドに向ける。


「歴史というのは、反対側から見れば真実が異なるものよ。何が本当で何が嘘なのかは、自分で判断した方がいいわ」


アルノルドは頷き、建国の物語を頭に思い浮かべる。


悪い魔法を使う国に勇気ある若者が赴き、魔女を倒す。

そして新たに国を建国し、危険な魔法の多くを禁じた。


『その時に禁じられた魔法が、“失われた魔法”と呼ばれている』


セシーリアが失われた魔法を使えること、精霊に「100年振り」と言われたことから、セシーリアが不老不死であることは間違いないだろう。


「魔女は…王女だったと伝わっているが」

「それは本当よ」


セシーリアは、懐かしい亡国の情景に目を瞑った。

森に溢れ、精霊たちが行き交い、魔物たちもこの国を訪れた。

魔法大国と呼ばれ、魔法の研究をずっと続けていた国だった。

美しく、知識に溢れた国だった。


『それが…』


ぐっと、手に力が入る。

しかしそれをアルノルドに悟られないように、感情を霧散させる。


「あなたの目的は、嫌いな男を探すこととユーリに聞いたが…嫌いな男とは、賢者のことか?」

「そうよ」

「しかし、300年前の人物が…」


アルノルドはセシーリアを見て、言葉を止める。


「賢者もまだ生きているのか?」


セシーリアは頷く。


「賢者を探して、どうするつもりだ?」

「全てを終わらせるだけよ」


300年前から続く全てに、終止符を打ちたいだけだ。



「賢者は…王侯貴族の中にいるのか?」


セシーリアは驚いて、アルノルドを見る。


「…どうしてそう思うの?」

「ずっと、何故婚約者の申し出を受けてくれたのか考えていた」


アルノルドにとってはあれが最善の策だから頼んだが、セシーリアには特に恩恵はなかった。


「セシーリアの頼みは、王城への立ち入りの許可だった。それから何度も王城に来ているし、パーティーにも出てくれたからな。王城内に、何か用があるのかと思った」


セシーリアは力なく笑う。


「貴族の中にいると決まっているわけじゃないわ」


貴族としての賢者の姿を見たのは、200年前のたった一度だ。

あれからは見ていない。

ただ、王都のどこかには必ずいる。

それも、王城の近くに。


「賢者には、王都を離れられない理由がある。だから、王城を中心に探しているだけよ」

「王都を離れられない理由とはなんだ?」


アルノルドの問いを、セシーリアは質問で返す。


「エドヴァール王国は何故、隣国から攻め入られていないと思う?」

「4つの山があるからだな」


国を守るために賢者が作った土壁が、山になったと言われている。

人が歩いて超えられる高さではないうえ、魔物が多く住んでいることから国を守る壁の役目を果たしている。


「あの山が魔法で作られたものであることは確かよ。ただそれだけじゃ、魔法使いなら空を飛んで山を越えてくるわ」

「確かに…」

「あの4つの山の頂点を基点として、この国には結界が張られているの」

「結界?」

「外からの侵入を防ぐ見えない壁よ」


その結界があるから、この国は攻め入られることがないのだ。


「その結界を保っているのが、賢者なの。結界の中心が王城になっているのよ」

「だから、王城にいると考えているのか」


セシーリアは頷く。


「あの男を探して全てを終わらせないと、私は死ねないの」



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