第29話 怒り


バリバリと雷がいくつも落ちる轟音に、アルノルドは振り返る。

魔法の音が聞こえている間は、セシーリアが無事だと分かって安心する。

セシーリアの強さはよく分かっているが、それでも先日のように怪我はしてほしくない。


「殿下。鳥の魔物と聞きましたが」


公爵に呼びかけられ、アルノルドは空から目を離す。


「肉食の魔物らしい。今の魔法を見る限り、話は通じないと見た方がいい。公爵邸にいる人間に家の外には出るなと伝えろ。騎士団はどうしている?」

「近隣の村の警護に向かいました」

「それでいい。肉食の鳥の魔物だ。人里に飛んでいく可能性が高い」

「殿下も早く中に…」

「俺も人里の警護に回る」


アルノルドは馬の背に乗り、手綱を持つ。


「殿下!危険です!」


公爵が止める声も聞かず、アルノルドは馬で公爵邸を出た。




「厄介ね」


ウルリーカの呟きに、セシーリアは頷く。

雷の魔法で何羽か地面に落ちたが、他の魔物には避けられた。


1匹が小屋ほど大きいのに動きは素早く、変わらない速さで麓に向かってきている。

嘴は鋭く、人一人くらいは簡単に掴める爪を持っている。

あの爪で獲物を掴んで、巣に持って帰って食べるのだろう。


トルナード竜巻


魔法で竜巻を起こして群れにぶつけるも、びくともしない。


「鳥に風の魔法は相性が悪いわね」


雷の魔法は魔力を大量に消費するので、打ち続けるわけにもいかない。

接近戦になれば、少数であるこちらが不利になるだろう。


「火の魔法はあまり使いたくないけど…」


雪が降っているとはいえ、森が焼けてしまう。

しかし、そう言ってもいられない。


フラム炎よ


魔法で火の弓矢を作り出すと、燃えさかる矢をつがえる。

炎の矢を放つと、その矢に貫かれ、一匹落ちていく。

それを確認してから、一度に大量の矢をつがえる。


フラム・ライ炎矢


魔物の群れに炎の矢を雨のように降らせ、鳥の魔物は一匹残らず地面に落ちていった。



「!」


ひとまず安心した時、セシーリアは魔物の魔力を後方に察知して振り返った。

鳥の魔物と戦っていたとはいえ、気付かなかった。


「魔力を消すのが得意な魔物かもしれないわ」


ウルリーカの言葉に頷き、セシーリアは浮遊魔法で魔物のいる方へ飛ぶ。

あの方向には、村があるのだ。

魔力を消すことができるということは、知能が高い魔物ということだ。


『もしかしたら…』


セシーリアは嫌な予感を振り切るように、雪が降る中を風を切って飛んだ。




「殿下!」

「大丈夫だ」


アルノルドは突然現れた魔物を、剣で払う。


近くの村に異常がないか見回っていた時、1つの村で魔物が急に現れたのだ。

犬か狐のようだが、牙が鋭くすばしっこい。

アルノルドが反射的に抜いた剣も、かわされてしまった。


「周辺に注意を払え!この1匹だけではないかもしれないぞ!」


アルノルドの声に突き動かされ、騎士たちが動く。

アルノルドが懸念した通り、あちこちで魔物の報告が相次ぐ。


「一応忠告はしておこう。大人しく山に帰るのなら、これ以上の攻撃はしない」


しかしアルノルドの言葉を嘲笑うように、魔物はにたりと笑みを浮かべる。


「言葉が通じても、分かり合えない場合もあるということだな」


ガゥッと吠えて飛び掛かってきた魔物を、アルノルドは剣で斬り払う。

真っ二つになった魔物の体が、地面にぐしゃりと落ちる。



剣の血を払った時、キャーという高い悲鳴が聞こえた。


村の入口に近い家の近くで、魔物を前にして座り込んでいる少女がいる。

考えるよりも先に体が動き、アルノルドは少女を背にして魔物に剣を向け、その体を斬り払った。


「怪我は――」

「殿下!」


少女に振り返った時、ユーリーンの切迫した声が耳に届く。

座り込んでいる少女だったはずのものが、牙を持った魔物に変わっている。

その牙が自分に襲いかかってきた時にやっと、自分は魔物に騙されたのだと気付く。

剣を持つ手に、力が入らない。


ヴィン・ブラッド風刃!」


その声と共に、アルノルドに襲いかかってきた魔物が真っ二つに斬られて吹き飛んでいく。

地面に舞い降りると、セシーリアはアルノルドに向かっていく。


「セシーリア。無事で良かっ…」

「どうして抵抗しなかったの!」


セシーリアは青い瞳を怒らせ、アルノルドの胸ぐらを掴む。


「自分を殺そうとする魔物を前にして、どうして諦めたの!」


アルノルドの剣の腕前があれば、倒そうと思えば倒せた。

それなのに、アルノルドは剣を振らなかった。


「民を守るために命をかけるのは構わないわ。でも、守るものもなく自分の命を捨てようとするなんて、愚か者のすることよ!」


セシーリアの怒りに、アルノルドは困ったように力なく微笑む。


「…俺は、死にたいんだ」

「……どういうこと?」

「そのままの意味だよ」


アルノルドは立ち上がると、胸ぐらを掴んでいるセシーリアの手を離す。


「魔物の事後処理がある。またあとでな」

「………」


セシーリアは何も言わず、アルノルドの背中を見送った。

ユーリーンはセシーリアに頭を下げ、アルノルドについて行く。



「死にたい王子なんて、変な王子ね」


風が流れ、ウルリーカが現れる。


「他の魔物は全部片づけたわよ」

「ありがとう」


ウルリーカは、ふふっと笑う。


「セシーリアが怒るなんて、珍しいわね」

「…そう?」

「1人になってからは、怒ることなんてなかったもの」

「そうかもしれないわ」


人とあまり関わらないようになってからは、感情の起伏があまりなくなった。

泣くことも怒ることも、あまりしなくなった。

だから、あれだけ声を荒げて怒ったのは久しぶりだった。


セシーリアは、死ねない。

不死だからではなく、死ねない理由があるから。


『アルノルドは…どうして、死にたいんだろう』


家族に恵まれ、臣下にも愛されている。

明るくて人に優しいアルノルドが、何故死にたいのかセシーリアには分からなかった。



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