第30話 死にたい王子
今までにない数の魔物の襲来ではあったが、死亡者は出なかった。
セシーリアの活躍が大きいのは明らかだったためか、騎士たちのセシーリアに対する不信感は少し和らいだように見える。
アルノルドは椅子に深く座り込み、窓の外を眺める。
日が暮れてからも魔物の襲来に備えてかがり火がたかれているので、外は明るい。
「………」
「………」
「…悪かったよ」
ユーリーンとファルクから無言の圧力をかけられ、アルノルドは謝罪の言葉を口にする。
自分の側近である2人がセシーリア以上に怒っているのは分かっている。
「もう二度と、あんなことはやめてください」
「殿下が死んだら、俺も死にますからね」
「分かってる」
アルノルドは、少し疲れたように息をつく。
「魔物の牙が見えた時、剣を持つ手に力が入らなかった」
「殿下…」
ユーリーンが複雑そうに眉をひそめる。
「死にたいと思っているから、こうなるんだろうな」
セシーリアの言っていたことは正しい。
守るものもなく命を捨てようとするのは、愚か者のすることだ。
「セシーリア嬢に、あのことを言ってみたらどうですか?」
ファルクの提案に、アルノルドは眉を寄せる。
「しかし、言えば…」
「でもセシーリア嬢を婚約者にしたのは、このためでしょう?」
「…あぁ」
アルノルドは頷く。
失われた魔法に詳しいセシーリアだから、婚約者にした。
魔法について教えてもらって、ともすれば利用するつもりだった。
「そのつもりだったんだけどな…」
アルノルドは、短く笑う。
利用するつもりで婚約したのに、セシーリアのことを知れば知るほどそんなことはできなかった。
アルノルドにも魔法を教えてくれる、優しすぎるセシーリア。
賢者によって全てを奪われたというのに、その子孫であるアルノルドにも優しい。
命を手放そうとしたアルノルドに、あんなに真剣に怒ってくれた。
『…嬉しかった』
セシーリアが、アルノルドを死なせたくないと思っていることが嬉しかった。
そして、自分が情けなかった。
王子として。
男として。
1人の人間として。
「俺は、セシーリアには死んでほしくないんだ」
「私は死なないわ」
突然声が聞こえて、アルノルドは驚いて振り返る。
窓が開いていて、セシーリアがそこにいた。
「私には死んでほしくないのに、自分は死にたいの?」
セシーリアは部屋に降り立つと、窓を閉める。
「何か、理由があるのでしょう?」
青い瞳は、アルノルドを信頼してくれている。
アルノルドは、その信頼に応えるように頷いた。
「聞いてほしい話があるんだ」
セシーリアにソファーに座るように勧め、ユーリーンが紅茶を淹れる。
珍しく、ファルクも部屋の中にいる。
紅茶が飲みやすい温度になる頃になってやっと、アルノルドは口を開いた。
「絶対に人に聞かれないようにできるか?」
セシーリアは頷く。
「
まずは防音の魔法をこの部屋にかけると、紙を1枚借りる。
「
魔法を唱えると、白い紙にふわふわと光る丸がいくつも現れる。
「ここがこの部屋よ」
ひときわ明るい光が集まっている場所が一か所ある。
「この光は、人がいる場所。誰かが近付いてきたら分かるわ」
「…すごいな」
「この部屋に人が近付かないようにする魔法もあるけど…」
「緊急時に連絡がこないのは困るから、これで大丈夫だ」
セシーリアは頷き、ポケットから石を取り出すと机の上に置く。
「それは?」
「この部屋に魔法をかけられていないか調べるものよ」
セシーリアがずっと魔法をかけ続けるのは面倒なので、この石の力を借りる。
魔法がかけられている場所には光が伸び、それで分かるようになっている。
「
石が光り、一筋の光が伸びる。
「え?」
その光がアルノルドを差して、セシーリアは驚く。
アルノルドも驚いたようだったが、納得したように笑う。
「これで話しやすくなったな」
アルノルドは胸元のボタンを外すと、シャツを開ける。
その胸元には、茨のような模様があった。
「俺は、あと半年で死ぬ」
アルノルドの言葉に、セシーリアは愕然とした。
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