第31話 呪い
「俺は、あと半年で死ぬ」
アルノルドの胸元には、茨模様の紋様がある。
セシーリアはその紋様を見て、愕然とした。
「
「やっぱり、セシーリアは知ってるんだな」
セシーリアはソファーから立ち上がると、アルノルドの胸元に手を当てる。
紋様から、かすかに魔力を感じる。
「…あの男の魔力だわ」
「…賢者か?」
セシーリアは頷く。
アルノルドは考えもしなかった事実に、呆然とした。
自分にこの紋を付けた人間が、まさか賢者だとは思わなかった。
「いつ、この紋を付けられたの?」
「10歳の時だ」
ということは、9年前だ。
「フードを被った知らない男に、お前は10年後に贄となって死ぬと言われた」
「誰にも言わなかったの?」
「言えば、その人間が死ぬと言われた。実際に、相談した乳母が死んだ」
この紋を付けられた時その場にいたのは、ユーリーンとファルクだけだった。
誰かに言えばその人間が死ぬと言われて、アルノルドは誰にも言わなかった。
しかしアルノルドのことを心配したユーリーンとファルクに説得され、乳母だけには相談した。
その次の日、乳母は死んだ。
「いくら調べても、何も分からなかった」
書物や文献を調べても、何も分からなかった。
顔の分からない男が誰なのかを調べることも、10歳の子供には難しかった。
セシーリアは、悔しそうに唇を噛む。
「あの男は、禁じた魔法の全ての文献や研究資料を焼き払ったの。贄の紋に関する魔法も、その時失われているわ」
アルノルドが調べても何も分からなかったのは仕方ない。
この魔法をかけた張本人が、その魔法を失わせたのだから。
「あの男は、こういう呪いに関する魔法だけは得意だった」
「呪いと普通の魔法は、何か違うのか?」
「魔法の中で、対価を使って他人に半永続的な効果をもたらすものを呪いと呼んでいるわ」
「対価…」
「魔法は、自分の魔力と世界樹からの魔素を使う。でも呪いは、人の命や時間を対価として使うの」
セシーリアは、茨の紋様をよく観察する。
「この贄の紋の場合は、10年という時間を対価にしてる。この紋をつけて10年経てば、つけられた人間は魔力を吸いだされて死ぬ」
「解呪する方法はないのですか」
ユーリーンに詰め寄られ、セシーリアは首を横に振る。
「呪いは基本的に、呪いをかけた本人にしか解けないわ」
「そんな…」
ファルクも肩を落としている。
「知らない男の贄になるくらいなら、自分で死ぬつもりだった」
アルノルドは、自分の胸元にあるセシーリアの手を掴む。
「贄ということは、俺がこのまま死ねばその男に手を貸しているのと同じだと思った。そうするくらいなら、自分で死にたかった」
だから、魔物を前にして手が動かなかった。
ここで死んでもいいと、心のどこかで思ってしまっていた。
「今日の言葉は訂正するわ」
セシーリアの青い瞳が、アルノルドを真っすぐに見つめる。
「アルノルドは愚か者じゃない」
「愚か者じゃなくても、俺は臆病者だよ」
セシーリアは首を横に振る。
「死にたいと思ったのも、このことを誰にも言わなかったのも、アルノルドの優しさよ。臆病者じゃない」
「臆病者だよ。この話をセシーリアに言ってしまって、セシーリアが死んでしまわないかと怖い」
セシーリアは青い瞳を少し驚いたように見開くと、そのまま笑った。
「私は死なないわ」
「だが…」
「この紋には、贄の呪いしかかけられてない。このことを喋った相手が殺される呪いはかけられてない」
「…本当か?」
「こんなことで嘘は言わないわ」
アルノルドは、安心したようにソファーに崩れ落ちる。
「じゃあ、乳母は…」
「あの男が殺したんだと思う」
やはり、賢者は王城にいる。
それも王族の近くに。
『アルノルドが乳母に喋ったのを見ていたのか、乳母が喋ったのかは分からないけど…』
「…乳母には、申し訳ないことをした」
どちらにしろ、アルノルドが喋らなければ乳母は殺されなかった。
「殿下のせいではありません。乳母に相談した方がいいと言ったのは私たちです」
「そうだよ。殿下は嫌がってたのに、俺たちが無理やり言わせたんだ」
「それでも、最終的に自分で決めたのは俺だ」
乳母に相談すると決めたのは、アルノルドだ。
「殿下…」
拳を握りしめているアルノルドに、ファルクが言葉もなく声をかける。
乳母は、優しい人だった。
アルノルドを実の子供のように育ててくれて、ユーリーンとファルクのことも同じように愛情を向けてくれた。
そんな人が殺されてしまったのは、アルノルドの幼さと無知ゆえだった。
「呪いをかけた本人なら、この呪いを解けるんだよな?」
セシーリアは頷く。
「…賢者を探す」
アルノルドは、拳を握りしめたまま前を向く。
「この呪いを解いてもらう。乳母を殺したのも賢者なのか、確かめる」
アルノルドは幼いころから側にいる側近2人に、笑いかける。
「ユーリーン、ファルク。手伝ってくれ」
「「仰せのままに」」
ユーリーンとファルクは、膝をついて頭を下げる。
唯一の主と決めたアルノルドが生贄となってから9年。
贄となるくらいなら自分で死のうとする主を何とか止めてきた。
未来がないと分かっていても、王族として全てを捨てられない重責を背負っていたのも側で見てきた。
「死にたい」と膝をかかえる主に、自分たちは何もできなかった。
少しでも生きようとする主の姿に、人知れず涙が落ちた。
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