第32話 贄
「賢者は、王城にいるんだよな?」
「それは間違いないわ」
セシーリアから全てを奪ったのは賢者であり、アルノルドに呪いをかけたのは賢者だった。
賢者は、2人にとって共通の敵となった。
「賢者は、どういう見た目なんだ?」
「黒髪に黒い瞳の、特にこれといった特徴はない男よ。200年前に見た時は30代くらいの見た目だったけど…」
セシーリアは眉を寄せる。
「婚約披露パーティーの時にだいたいの貴族を見たけど、あの男を見つけられなかったの」
「魔法で見た目を変えているのか?」
セシーリアは首を横に振る。
「あの男はその魔法を使えないはず。多分、魔具を使っていると思うわ」
「魔具というのは?」
「物に呪文を組み込んで、魔力を流すだけで魔法を発動させるものよ」
机の上に置いている石も、魔具である。
魔具そのものに魔法の力が宿っているので、使用者の魔力量や実力関係なく魔法を発動できる。
「姿を変える魔具はずっと身に着けていないといけないから、毎日同じ装飾品とかを身に着けている人が怪しいけど…」
「それだけで見つけるのは難しいな…」
セシーリアも頷く。
恐らく目には見えないところに身に着けているだろうし、貴族というのはそもそも装飾品をよく身に着ける。
魔具の見た目が分からない以上、それだけの情報で見つけ出すのは難しい。
「ちょっといいですか?」
ファルクが手を上げて会話に入る。
「セシーリア嬢は魔物とか人のことを魔力で察知してるみたいですけど、それで賢者を探せないんですか?」
セシーリアは首を横に振る。
「魔力の有無なら広範囲で感知できるけど、個人の魔力を判別するには体に触れるか、魔法を使わせないと分からないわ」
「直接体に触れるのは、少し難しいな」
貴族令嬢であるセシーリアが異性にべたべたと触れるのは、女性としてはしたない。
目立つ行動をして警戒されてしまうだろう。
「あの男に贄の紋をつけられた時、他に何か言われた?」
セシーリアに尋ねられ、アルノルドは記憶を辿る。
贄の紋をつけられた時のことは、9年経っても鮮明に思い出せる。
「庭で遊んでいたら、急に男が現れて…胸に痛みが走ったと思ったら、この紋があった。その後に、『お前は10年後に贄となって死ぬ』『このことを誰かに言えば、その人間は死ぬ』と言われた」
ユーリーンとファルクはまだ剣を持っていなかったから、抵抗する術がなかった。
「去り際に、『お前が逃げれば王家は滅亡するだけだ』と言われた」
「王家が滅亡する…?」
セシーリアは贄の紋を見ながら、考えを巡らせる。
『そもそもあの男は、どうして自分の子孫を贄にしているの…?』
ただでさえ、エドヴァール王国の王族は数が少なくなっているというのに。
『自分の子孫を贄に…』
「まさか…」
セシーリアは自分の考えに、ゾッとする。
「…アルノルド。エドヴァール王国の王族の中で、若くして突然亡くなった王族はいる?」
アルノルドは頷く。
「俺の叔父上がそうだな。父上の弟だったんだが、20代で亡くなっている。元気だったのに、朝起こしに行ったら亡くなっていたそうだ」
アルノルドは少し考え込んで記憶を辿る。
「エドヴァール王国の王族は、若い頃に亡くなる人は多いな。数十年に1人は若い頃に突然亡くなっている」
だから、エドヴァール王国の王族は数を減らしているのだ。
「それは、いつから?」
アルノルドは、王族の系譜を頭の中で思い浮かべる。
「だいたい、200年くらい前からだな」
「200年前…」
セシーリアの顔色は、真っ青になっている。
「大丈夫か?」
あまりに顔色が悪いセシーリアをソファーに座らせると、指先が冷たくなっていた。
「私は…あの男は、不老なんだと思ってた」
「違うのか?」
「不老の呪いをかけるには、人の命が対価として必要になるの。大量に」
「…セシーリアの呪いも?」
「私の不老は、あの時王城にいた人間全員の命が対価として使われた」
あまりに悲惨な事実に、ユーリーンとファルクも息をのむ。
セシーリアの父である国王や、母である王妃、兄である王太子。
文官や武官、魔法使い、城に仕えていた使用人たち。
数百人の人間の命を使って、セシーリア1人に呪いをかけたのだ。
「私1人を不老にするのに、それだけの命が必要だった。あの男が自分を不老にするには、同じだけの命が必要だったはず」
呪いは、自分にはかけられない。
だから、他の誰かにかけてもらったのだろうと思っていた。
しかしあの男は、そうする必要がなかったのだ。
「私は…あの男に不老の呪いをかけられた後、無限牢獄に入れられてた」
「無限牢獄?」
「時の流れをおかしくさせた牢獄。中では魔法が使えないようになってる」
魔法の研究や失敗が重なって偶然生まれたもので、危険なものとして封じられていた。
「新たな魔法を生み出して無限牢獄を脱出した時には、100年経っていた」
「100年…」
つまり、セシーリアが牢獄から出たのは今から200年前。
王族が若くして亡くなり始めた時期である。
セシーリアは、震える両手で顔を覆う。
「あの男は自分が不老になるために、私から魔力を奪っていたんだわ」
大量の命を対価とする不老の呪いを、セシーリアから魔力を搾取して補っていたのだ。
しかし、セシーリアは牢獄を自力で突破した。
あの男は、魔力の供給源を失ったのだ。
「私があの牢獄から逃げ出したから…エドヴァール王国の王族が、アルノルドが、贄にされた」
アルノルドの叔父も贄だったのだろう。
そうして少しずつ、エドヴァール王国の王族は数を減らしていったのだ。
「…私のせいだ」
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