第33話 自責


『全ては、お前のせいだ』


不老の呪いをかけた後、あの男はそう言った。


『お前の家族が死んだのも、この国が終わるのも、全てはお前のせいだ』


足下に倒れているのは、父である国王と母である王妃。

王太子である兄は、少し離れたところで婚約者と共に倒れている。


魔法を教えてくれた魔法使いである師も。

「いってらっしゃい」と笑って送り出してくれた騎士も。

「また魔法を教えてください」と言っていた魔法使いの後輩も。

幼い頃から面倒を見てくれていたメイドも。

みんな、倒れて冷たくなっている。


『お前のせいだ』


次に目を開けた時には、闇の中にいた。

時の流れも分からず、魔法も使えない空間。

無限牢獄に入れられたことはすぐに分かった。

あの時王城にいた人間はみんな、呪いの対価として死んでしまった。

全てが自分のせいだとしても、あの男の好きにさせるわけにはいかなかった。


魔力を使わない魔法を生み出し、無限牢獄を出た。

かすかな希望を抱いて王都に向かい、その変わり様を見て愕然とした。

魔物も精霊も姿を消し、国境には壁のような山がそびえたっていた。

生まれ育った王城は全て建て直され、魔法を研究していた塔は消えてなくなっていた。


街中で怪我をしていた子供を魔法で助けたら、牢獄に入れられた。

何が何だか分からなかった。

そんな自分の前に、貴族の恰好をしたあの男が現れた。


『火あぶりにしろ』


その一言で、火あぶりにされた。


『白い魔女め』

『賢者の敵だ!』


石を投げられ、言葉を投げられ、ようやく理解した。

全ては、終わった後なのだと。

自分が生きていた国は、もうないのだと。

あの時、ウルリーカたちに助けられなければあのまま死んでいた。


『ルンドスロム王国は滅んだのよ』

『あれから100年経っている』

『多くの魔法は、使うことを禁じられているの』


精霊たちの言葉に、頭が追い付かなかった。

分かったのは、全て自分のせいだということだった。


国が滅んだのも。

家族が死んだのも。

民が死んだのも。

魔法が失われたのも。


全て、自分があの男に負けたせいだった。

エドヴァール王国の王族が若くして亡くなったのも、セシーリアが牢獄から逃げたせいだった。



「…私のせいだ」

「違う」


アルノルドの強い声に、セシーリアは少しだけ顔を上げる。

空色の瞳が、セシーリアを強い眼差しで見つめている。


「セシーリアのせいじゃない」

「でも、私が牢獄から逃げたから王族が贄に…」

「もしそうだとしても、セシーリアのせいじゃない」


アルノルドの言葉を、セシーリアは寂し気に笑う。


「どうして、そう言えるの?何も、知らないでしょう」

「確かに、俺は何も知らない」


賢者とセシーリアの間に何があったのか。

賢者が悪なのか。

魔女が悪なのか。

昔に起こったことを、今生きる人間が真実を知ることは難しい。


「それでも」


アルノルドは、冷えきったセシーリアの手を握る。


「俺は、今ここにいるセシーリアを信じてる」

「…今の、私を?」


アルノルドは頷く。


「今までのことは、何が正しくて何が悪いのかは俺には決められない」


歴史の中に何があったかは、その時に生きていた人にしか分からない。

例え同じことを経験したとしても、感じ方は人それぞれ違う。


何が正しいのか。

何が悪いのか。

それは人の数だけ存在する。


正義を持って敵を倒しても、相手から見ればそれは悪かもしれない。

悪い企みを持って誰かを殺しても、助かった人からすればそれは正義かもしれない。


「だから、俺は今ここにいるセシーリアのことを信じる」


深い青色の瞳は後悔で濡れ、白く細い手は熱を失っている。

震える細い肩を、自分の胸に抱き寄せた。


「セシーリアは、悪くない」


人から魔物を守り、魔物から人を守る。

誰かのためなら、失われた魔法を使うことをためらわらない。

「白い魔女」と指を差されようと、誰かを恨むこともしない。

エドヴァール王国は、セシーリアから全てを奪った男がつくった国だというのに。



「でも…」


アルノルドの腕の中で、セシーリアの声は不安げに揺れる。


「私のせいで、ルンドスロム王国は滅んだ。多くの民が殺されて、魔法も失われた。私が牢獄から出なければ、エドヴァールの王族が贄にされることもなかった」


アルノルドは少し考え込むと、俯いているセシーリアの顔を覗き込む。


「セシーリアは、少し責任を負いすぎだと思う」

「……?」


どういうことかと首を傾げると、アルノルドは優しく微笑む。


「セシーリアに不老の呪いをかけたのは誰だ?」

「…あの男」

「セシーリアを牢獄に入れたのは?」

「エドヴァール王国初代国王」

「贄の呪いを王族にかけているのは?」

「自分のことを賢者とか呼ばせてる男」


ほら、とアルノルドは笑う。


「どれも、セシーリアのせいじゃない」

「でも…」


それでも納得できなさそうなセシーリアに、アルノルドは再び問いをかける。


「セシーリアは不老になりたかったのか?」

「違う」

「自分で牢獄に入ったのか?」

「そんなわけない」

「贄の呪いをかけるように賢者に仕向けたのか?」

「そんなことしない!」


アルノルドは、優しく微笑む。


「やっぱり、セシーリアのせいじゃない」


曇りのない明るい笑顔に、セシーリアの目からぽろぽろと涙がこぼれる。

涙がひとつこぼれるたびに、心の奥底にたまっていた澱がとけていく。


『…私はずっと、誰かにそう言ってほしかったのかもしれない』


『全てお前のせいだ』とあの男に言われ、自分のせいだと自分を責めた。

そうしないと、気が狂いそうだった。


国を失い、家族を失い、民を失い、魔法を失った。

何もかも失った暗闇の中でも、セシーリアは死ねなかった。

全てが自分のせいだと思わないと、生きていけなかった。


『セシーリアは悪くない』


ルンドスロム王国が滅んだ責任は、間違いなくセシーリアにある。

それでもアルノルドは、今のセシーリアを信じてくれる。

嘘偽りなく、本心から。

それがとても嬉しかった。



「…ありがとう。アルノルド」


アルノルドはセシーリアの涙を優しく拭うと、空色の瞳で微笑んだ。





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明日から1日1話投稿に戻ります。

よろしくお願いします。


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