第四章 終わりと始まり

第34話 忍び寄る影


「最近は魔物を見ないわね」

「そうね」


浮遊魔法で辺りを見回しながら、セシーリアはウルリーカの言葉に頷く。


アルノルドとセシーリアがノードウィル山に来て半月が経った。

魔物の出現は激減し、たまに魔物が現れてもセシーリアが魔法で追い払う程度で済んでいる。


「嵐の前兆じゃなければいいけど」


魔物の出現が賢者の意思によるものだとすれば、この静けさを手放しで喜ぶことはできない。


「あんな男、セシーリアの魔法でぶっ飛ばしちゃえばいいのよ」


ぶんっと風を起こすウルリーカに、セシーリアは微笑む。


「そうね」


今までと違う反応に、ウルリーカは驚く。


「やっとやる気になったの?」


今までウルリーカたちが何度も急かしても、セシーリアはなかなか動かなかった。


「あまり、悠長にしてはいられないから」


アルノルドの呪いの期限は、あと半年しかない。

その前に決着をつけなければならない。


「それなら、あの2人も呼ばなくちゃ」

「無理に呼ばなくても…」


ウルリーカが言っているのは、セシーリアと契約しているあと2人の精霊のことである。

他の2人はウルリーカ以上にエドヴァール王国を嫌っているので、あまり呼ばないようにしている。


「この機会に呼ばないと、今度こそあの2人は拗ねるわよ?」

「…それもそうね」


その光景はありありと思い浮かべることができる。

200年前にセシーリアが火あぶりにされた時もエドヴァール王国を滅ぼす勢いだったので、止めるのに苦労した。


「あとでアルノルドたちに紹介するわ」


あれからアルノルドは、魔物の討伐と並行して賢者を探すための情報を集めている。

ヨハンソン公爵を通じて他の公爵家とも連絡をとっているらしい。



『一緒に賢者を探そう』


セシーリアが全てを告白した後、アルノルドはそう言った。

その言葉は、セシーリアにとってはとても嬉しいものだった。


ずっと、人間にはあまり近付かないようにしていた。

人間は精霊と違って、嘘をつくから。

だけど、アルノルドのことは信じることができた。

セシーリアを見つめる澄んだ空色の瞳も、あの時抱きしめられたぬくもりも、セシーリアを想ってくれていると信じられる。


「セシーリア?顔が赤いわよ」

「…何でもないわ」


セシーリアは冷たい風で頬の熱を冷まし、公爵邸に戻った。




「お帰りなさいませ。セシーリア様」

「魔物の様子はどうでしたか?」


公爵邸に戻ると、騎士たちに囲まれる。

最初はセシーリアのことを警戒していた騎士たちも、セシーリアが毎日前線へ向かうのを見て態度が和らいでいった。

アルノルドとセシーリアが来てから魔物による被害がほとんどなくなったことも理由の1つだろう。


騎士たちにノードウィル山の様子を報告し、アルノルドにも報告に行こうと執務室に向かう。

廊下の先にアルノルドの後ろ姿を見つけ、声をかける。


「アル…」

「ずっと前から、殿下のことをお慕いしています」


耳に届いた少女の声に足を止め、とっさに物陰に隠れる。

今の声は、エレオノーラの声だ。


「至らないところがあれば直します。殿下のためであれば、失われた魔法を学んで魔物を倒します」


エレオノーラの声はどこか熱をはらんでいて、不安げに揺れている。

この想いを打ち明けるために、勇気を振り絞ってアルノルドの前に立っているのだろう。


「私が殿下の婚約者では、だめですか?」


それは真っすぐな、アルノルドへの恋心だった。


「私の婚約者は、セシーリアだ」


『…今は、だけど』


セシーリアは偽りの婚約者だ。

アルノルドがセシーリアを婚約者にしたのは、その方が都合が良かったからだ。


侯爵家の養女という政治的に曖昧な立場。

失われた魔法を使える才能。

第二王子の婚約者という立場に興味のない人間。


贄の紋によって死ぬことが分かっていたから、セシーリアを婚約者として選んだだけだ。

賢者を倒して贄の紋を解呪させれば、アルノルドは結婚に何の不安もなくなる。

そうすれば、セシーリアはお役御免である。

身元不明の怪しい女であるセシーリアより、公爵家令嬢であるエレオノーラの方が婚約者として相応しい。

エレオノーラはアルノルドに想いを寄せているし、本物の婚約者として不足はない。



セシーリアはそれ以上その場にいることができなくて、足早にその場を離れた。

公爵家に与えられた自分の部屋に戻り、さっきまでの自分の心をわらった。


『何を浮かれていたんだろう。私は、偽りの婚約者だというのに』


あの空色の瞳に優しくされて、勘違いをしてしまった。

アルノルドがセシーリアを信じると言ってくれた言葉に嘘はないと思う。

だけどそれは、賢者という共通の敵を倒す仲間としての言葉。

久しぶりに人に優しくされて、信じると言われて、浮かれてしまった。


「…はずかしいわ」


自分は、「白い魔女」なのだ。

そのことを忘れてしまうところだった。




場所は変わり、王城の一室。

ヨハンソン公爵領からの報告書に目を通した男は、にやりと笑みを浮かべる。


「相変わらず、愚かな女だ」


牢獄に入れても、火あぶりにしても、諦めようとしない。


「良い機会だ。また殺してやろう」


男は書類を1枚作る。

文官を呼び、その書類を渡す。

そこには、セシーリアが失われた魔法を使う者であると書き記されている。


「セシーリア・ルエルトを王都に輸送し、死刑にせよ」




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本日から1日1話投稿です。

よろしくお願いします。


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