第28話 襲来


「セシーリア。本当にもう大丈夫なのか?」

「大丈夫よ」


セシーリアが怪我を負って倒れてから3日後、セシーリアは魔物の討伐に再び参加していた。

あの後少し眠って意識がはっきりしたらしいセシーリアは、自分に治癒魔法をかけて怪我を治してしまったのだ。


「自分に治癒魔法をかけるのは危ないとウルリーカが言っていたぞ」

「ある程度治療を受けた後なら大丈夫よ」


血は止まっていたし、痛みも少し収まっていた。

治癒魔法を使えると判断したのだ。


「あんなに大怪我をしたばかりなのだから、もう少し休んでいたらどうだ?」

「よく休んだから大丈夫よ」


公爵邸を出てからずっと、アルノルドはこんな調子である。

いつの間にこんなに心配性になったのだろうかと思う。


「魔物は現れているのだから、ずっと休んでいるわけにもいかないわ」

「セシーリア。魔物の出現理由なんだが…」


アルノルドは、公爵から聞いた話を伝えた。

セシーリアはそれを聞くと、顔を歪める。


「あの男の性格を考えると、大いにあり得るわ」


あの男は、そういう卑怯な方法を当たり前のように使う。


「王城に魔物が現れたのも、あの男の仕業だと思うわ」

「どうしてそう思うんだ?」

「フリステルサという、魔物が好む花があるの。独特の甘い香りが魔物をおびき寄せるの」


人里に生えているものではないし、もちろん王城にも生えていなかった。

それなのに茶会の際に魔物が現れた時は、庭にその花があった。


「パーティーの時も、あの花があったわよ」


ウルリーカが姿を現す。


「今の時代にフリステルサについての知識を持っていて、王城を歩き回っても不審に思われない身分にいるのは、あの男くらいだと思うわ」

「賢者が魔物を王城におびき寄せたのか…」


もしかしたら、王都に現れた魔物も賢者がおびき寄せた可能性もある。



イォール・ヴェッギ土壁


セシーリアが呪文を唱えると、地面から土の壁が現れる。

山から降りてきた魔物が人里に向かう道を土壁で塞いでいるのだ。


「アルノルドもやってみて」


あれから魔素を使った魔法を練習しているアルノルドは、ティーカップにちゃんと水を入れられるようになった。

土の魔法なら使っても大丈夫だろうとセシーリアは判断したのだ。


アルノルドは少し緊張しながら雪の積もった地面に手をあてると、精神を集中させる。


イォール・ヴェッギ土壁


呪文に応えるように、雪の下から現れた土が壁の形を成していく。

セシーリアが作った壁と比べると小さいが、それでも十分に壁の役割を果たせそうだ。


「よくできてるわ」


セシーリアに褒められ、アルノルドはほっと安心する。

ウルリーカから魔法の失敗話を聞いただけに、魔法を使う時は緊張する。


「賢者は、何故魔法の多くを禁じたんだ?」


失われた魔法の中には、便利な魔法も数多くある。

魔素を使った魔法は、魔力だけの魔法よりも使い道も多様なのだ。


「あの男が使えなかったからよ」


さらりと告げられた事実に、アルノルドは驚く。


「賢者は、魔法を使えなかったのか?」

「火を付けたり、水を出したりする程度の魔法は使えたわ。でもあの時代では珍しく、他の魔法は使えなかった。だから禁じたのよ。自分が使えない魔法の全てを」


危険だから、悪い魔法だから禁じたのではない。

自分が使えないから、他の人間に使うことを禁じたのだ。


「…横暴すぎるな」

「1つの国を滅ぼしたのよ。横暴じゃなければやらないわ」


アルノルドからすれば賢者は建国の祖だが、セシーリアからすればあの男は祖国を滅ぼした破壊者である。


「ほとんどの魔法が使えなかったのに、何故賢者はルンドスロム王国に勝てたんだ?」

「それは…」


セシーリアははっと反応すると、ノードウィル山を見上げる。


「魔物が来るわ」


それも、数が多い。


「少なくとも、20匹はいる」


アルノルドは頷く。


「ユーリ。騎士団に魔物が来ると伝えろ。数は20匹以上。近くの村にも伝達し、警護を固めるように指示しろ」

「は」


ユーリーンがその場を離れると、ファルクが現れる。


「風に乗って血の匂いがします」

「人を食った魔物か…?」

「肉食の魔物だったら、動物も食べるし魔物も食べるわ」


もちろん、人間も食べる。


「人里に近付けるわけにはいかないな」

「…まずいわ」


ノードウィル山の空を見上げて、セシーリアは呟く。


「鳥の魔物よ」


翼をはためかせた魔物が、遠くから飛んできている。


「…でかいな」


まだ距離があるというのに、すでに普通の鳥よりも大きく見える。

群れで飛来しているらしく、白いノードウィル山を背景に黒い影が近付いてくる。


フリートゥナ浮遊


セシーリアは空中に浮かぶと、右手をバチバチと光らせる。


「騎士団には、人の命を守ることを優先させて。魔物の討伐は私がやるわ」


鳥の魔物に対抗できるのは、浮遊魔法が使えるセシーリアだけだ。


「1人で大丈夫か?」

「問題ないわ」


アルノルドは少し逡巡した後に、頷く。


「怪我だけはしないでくれ」


その一言だけを残し、ファルクを連れて公爵邸に戻っていく。



「セシーリアが怪我をした時、あの子すごく心配していたのよ」


ウルリーカが、セシーリアの耳元で囁く。


「…分かってるわ」


高熱でうなされていた時、誰かが手を握ってくれていたのを覚えている。

目を覚ました時、空色の瞳が動揺しているのを見て少しおかしくて、嬉しかった。


「私は死なないわ」


セシーリアは不死ではない。

それでも、ここでは死ねない理由がある。


トルデン・スピィド雷槍


右手に雷の槍を構えると、魔物の群れに向かって投げる。

魔物の上空で槍が弾け、雪空にバリバリと雷が落ちる。

しかしそれにも構わず、鳥の魔物はこちらに飛んでくる。


「警告はしたわ」


今の一撃で逃げるのなら、見逃していた。

しかしそれでも向かってくるというのなら、セシーリアは手加減をしない。

雪空に手を掲げ、魔力を溜める。


トルデン・ケイサー雷帝


雪空に、雷がいくつも落ちた。



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