第27話 ヨハンソン家
アルノルドはセシーリアをウルリーカに任せると、公爵家当主の執務室へ向かった。
執務室へ入ると、ヨハンソン公爵がアルノルドに臣下の礼をとる。
「セシーリア様の容態はいかがですか?」
「目は覚ましたし、大丈夫そうだ」
「それは良かった」
公爵はほっと肩の力を抜くと、それを引き締めてアルノルドに頭を下げる。
「私が近くにいたというのに、騎士が殿下の婚約者に傷を負わせる失態。いかような罰でも受けます」
「セシーリアは、騎士を罪に問わないでほしいと言っていた」
公爵は、少し驚いたように顔を上げる。
「魔物に怒りを覚える気持ちも分かると。だが、怒りや憎しみはどこかで断ち切らないといけないと」
「あの方は、魔物の味方かと思っていましたが…」
「セシーリアは、人にも魔物にも優しいだけだ」
「そのようですな」
公爵は目元を少し和らげる。
「本題に入ろう。公爵」
公爵は頷くと、紫色の瞳でアルノルドを見る。
「では聞きましょう。何故セシーリア様は、失われた魔法を使えるのですか?」
あれだけ魔法を使っていれば、セシーリアが失われた魔法が使えるということは分かってしまう。
特に雷の魔法は、禁じられた魔法の中でも有名なものだ。
アルノルドはこうなることが分かっていて、セシーリアを止めなかった。
「セシーリアは、建国物語に出てくる白い魔女本人らしい」
「まさかそんなことが…」
しかしヨハンソン公爵は、アルノルドの真剣な瞳を見て言葉を止める。
「殿下はそう信じておられるのですか?」
「セシーリア以外からも話を聞いて、事実だと考えている」
しかし精霊の話以外にセシーリアの話を裏付けるものは王城にはなかった。
だから、ここに来た。
「ルンドスロム王国の頃から公爵家だったあなたの一族なら、何か知っているのではないかと思ってな。ヨハンソン公爵」
公爵の紫色の瞳が、わずかに見開かれる。
「エドヴァール王国には建国以来、公爵家は4つしかない。北のヨハンソン家、南のラーシュ家、東のシモン家、西のルードヴィグ家。それぞれの公爵領は国を守る4つの山の麓にあり、そのうちヨハンソン家は、ルンドスロム王国の頃から続いている唯一の公爵家だ」
他の三家は、エドヴァール王国が建国されてから公爵家に位が上がった元侯爵家である。
ヨハンソン公爵は、ふっと口の端で笑う
「魔女を倒す際に賢者についた裏切り者の家から、何かを聞けるとお思いですか?」
「裏切らなければいけない理由があったのだろう」
公爵の片眉が、かすかに上がる。
「賢者がエドヴァール王国を興した時、ルンドスロム王国の貴族がどうなったのかを調べた。ルンドスロム王国の頃から残っている貴族の家は、十にも満たなかった」
他の貴族の家はどうなったのか。
新しい国を興した時、古い国の貴族はどうなるのか。
「…殺されたのですよ」
公爵の静かな声が、耳に届く。
「賢者に反逆した貴族の家は、女子供まで1人残らず殺されたそうです」
「………」
そうではないかと思って聞いたものの、実際に聞くと言葉が出ない。
「ヨハンソン家が他の貴族を宥め、いくつかの家は家族を守るために賢者の言いなりになりました」
公爵は、ゆっくりと息を吐く。
「公爵領が、何故国の端にあるかご存じですか?」
「国を守るためではないのか?」
「それだけなら、公爵家である必要はありません」
公爵家とは、王家の次に高位の貴族である。
それなのに、4つの公爵領はそれぞれ東西南北の端にある。
「4つの家は魔物から国を守るために、国の端に追いやられたのです。そして公爵という高い地位を与えることで王家に娘を嫁がせ、逆らえないように人質とされたのです」
「…確かに、歴代の王妃は四大公爵家の出身が多い」
アルノルドの母である王妃は、西のルードヴィグ家の出身だ。
「年月と共に、人質の役割は薄まっております。賢者が国を興してから100年ほどは、忠誠心を示すために娘を送り込まなければならなかったと聞いております」
これらは全て、記録に残された歴史ではない。
代々の当主に口伝で伝えられてきた歴史だ。
ルンドスロム王国に関する歴史を記録として残すことを、賢者は許さなかった。
「山から下りて来る魔物から民を守り、娘は人質として王家に差し出す。そうして、4つの家は力を削がれていったのです」
「賢者が魔女を倒した話は、何か伝わっているか?」
公爵は首を横に振る。
「全ては王都で起こったことらしく、当時の当主は王家が滅んだという話を後から聞いたと聞いています」
「王家が滅ぼされて、反対した民は…」
「貴族と同様、殺されたと聞いています」
アルノルドは、ぐっと拳に力を入れる。
「これでは、どちらが悪か分かったものではないな」
「“正”を生み出すには、“悪”を作ることが一番簡単なのでしょう」
「その悪が、白い魔女か…」
公爵は、セシーリアの雪のように白い髪を見た時に思い出したことがあった。
「私の祖父の代に、魔物の出現が増えた年があったそうです。麓の村がいくつか魔物に襲われ、怪我人が出ました。祖父が魔物の討伐に出たところ、白い髪の女性が魔物を一掃する姿を見たそうです」
晴れていたのに雷が落ちて、魔物は山に逃げ帰った。
「祖父は、あれこそ精霊ではないかと思ったそうですが…」
しかし、羽が生えていないのに空を飛んでいたという。
今日、自分が見た景色と同じだった。
「無知は罪。耳の痛い言葉です」
家族を守るためにルンドスロム王国を裏切り、賢者についた。
歴代の当主は魔物を倒しながら、王都にいる娘たちを想った。
魔物を倒す役割を果たさなければ、王都にいる娘の身に何があるか分からない。
ヨハンソン家は役割を果たすために、考えることをやめたのだ。
「魔物にも心はある。今日はそれを思い知らされました」
フェンリルという魔物は、自分を守って倒れたセシーリアを背中に乗せると、公爵邸まで運んできたのだ。
それは、魔物という人を害するものの行動ではなかった。
「人に良い人間や悪い人間がいるように、魔物にもいろんなものがいるらしい」
「私たちは、認識を変えないといけないようです」
魔物を全て悪とするのではなく、知ろうとしなければいけない。
「殿下。罪滅ぼしになるかは分かりませんが、一つお耳に入れておきましょう」
「なんだ?」
「歴代の当主の中に、エドヴァール王国に反逆しようとした者はいたそうです。しかしそのたびに魔物の出現が増え、それどころではなくなったそうです」
先々代公爵も、その1人だった。
しかも反逆が成功するどころか、魔物の出現により公爵領は荒れた。
「エドヴァール王国を守る4つの山は、賢者が作ったと言われています」
「まさか…」
公爵が無言のまま頷き、アルノルドは言葉を失った。
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