第26話 不老
セシーリアは公爵邸に運ばれ、医者の治療を受けた。
命に別状はないが高い熱が出ており、しばらく様子を見る必要があると告げられた。
今もまだ意識が戻らず、高い熱にうなされながら眠っている。
「…セシーリアは、死なないよな?」
セシーリアが眠るベッドの側で、アルノルドはウルリーカに確認する。
しかし、ウルリーカは首を横に振る。
「セシーリアは不死じゃないわ」
「え…?」
驚いて言葉を無くすアルノルドに、ウルリーカはただ真実を告げる。
「セシーリアは不老なだけよ。怪我もするし、病にもかかるわ」
「それじゃあ、死ねないというのは…」
「言葉の通りよ。あの男を探すまで、セシーリアは死ねない」
「死ねない」という言葉を、不死だからだと思っていた。
セシーリアが死ぬかもしれないという当たり前の恐怖に、アルノルドは今さら気付いた。
セシーリアの白くて細い手を、そっと握る。
このぬくもりが消えてしまうかもしれない恐怖に、心が怯える。
「…治癒の魔法は、自分にかけられないのか?」
「かけられないわけじゃないわ。治癒の魔法はかなり難しいから、怪我をしている状態で自分に魔法をかけると危ないのよ」
痛みを感じている状態で針の穴に糸を通し続けるのは難しいという話だ。
「魔法は、少しでも間違えば危ないの。昔、姿を変える魔法を自分にかけてカエルになったまま戻れなくなった魔法使いがいたもの」
「…それは怖いな」
「セシーリアは魔法を使うのが上手いの。私が知る中でも、一番の魔法使いよ。その気になれば、この国なんていつでも滅ぼせるのに…」
ウルリーカの体から、怒りを感じる風が舞い上がる。
「セシーリアが起きるぞ」
そう言うと、ウルリーカは風を止めた。
「……ぅ…」
夢を見ているのか、うなされているセシーリアの額にウルリーカは優しくキスを落とす。
すると、セシーリアの表情が少し和らいだ。
「セシーリアは優しすぎるのよ…」
ウルリーカの瞳は、泣きそうだった。
「さっきの騎士だって、反射的に魔法を使っていればセシーリアは怪我をしなかった。騎士に怪我をさせないように、氷の魔法を使おうとするから。苦手なのに」
「セシーリアにも苦手な魔法があるのか」
アルノルドが驚いていると、ウルリーカは少し面白そうに微笑む。
「セシーリアは、風と雷の魔法が得意なの。その2つは、無詠唱でも使えるわ」
「それはすごいな…」
「氷の魔法と土の魔法は少し苦手なの。それでも、他の魔法使いよりは上手よ」
「ウルリーカは、いつからセシーリアと契約しているんだ?」
「セシーリアが王女だった頃からよ」
ということは、300年以上前からである。
「…ということは、セシーリアと賢者の間に何があったのか知っているのか?」
ウルリーカは、首を横に振る。
「あの時、セシーリアは私たちを呼ばなかったの。だから、詳しくは知らないわ」
「私たち?」
「セシーリアと契約している精霊は、私だけじゃないわ」
「…それは知らなかったな」
「私以外にも、2人いるわ」
精霊との契約は契約主の魔力量によるので、3人もの精霊と契約しているセシーリアは珍しい方である。
他の精霊たちはエドヴァール王国を嫌っているので、気を遣ったセシーリアがあまり呼ばないようにしているのだ。
「セシーリアは精霊に好かれやすかったから、モテモテだったの」
「もしかして、精霊が押しかけてきたのか?」
聞き覚えのある話に、アルノルドは少し笑みを浮かべる。
「えぇ。そうよ」
ウルリーカはふふっと笑う。
「契約をしてもらうのだって大変だったのよ。競争率が高かったの」
「それはすごいな…」
精霊はやはり、心が綺麗な人間を好むのだろう。
アルノルドから見ても、セシーリアは澄んだ心を持っている。
「どうやって契約を勝ち取ったんだ?」
「それはね…」
「…たのしそうね」
セシーリアの声に2人が驚くと、セシーリアが薄っすらと目を開けていた。
「セシーリア。気分はどうだ?痛みは?何かしてほしいことは…」
「フェンリルは…?」
アルノルドは少し落ち着いた。
自分より怪我人の方が冷静である。
「あの後、山に帰った。怪我はない」
「そう。良かった…。あの騎士の人は?」
「公爵に命じられて、今のところ謹慎している」
「罪には問わないであげて」
「…いいのか?」
「魔物に怒りを覚える気持ちも分かるから。仲間を殺されたのなら、なおさら」
フェンリルに斬りかかろうとした騎士は、魔物に仲間を殺されたと叫んだあの騎士だったのだ。
「怒りも、憎しみも、どこかで断ち切らないと……」
ゆっくりと瞼を閉じると、セシーリアはそのまま疲れたように眠ってしまった。
「…自分の体より、魔物と自分を傷付けた騎士の心配か」
ウルリーカが、セシーリアを「優しすぎる」と言っていたのがよく分かる。
セシーリアは、人にも魔物にも優しすぎるのだ。
「契約主がこれだと、気苦労が絶えないな。ウルリーカ」
ウルリーカは、ふふっと笑みを浮かべる。
「そんなセシーリアが、私は大好きなのよ」
アルノルドも小さく笑みを浮かべて、頷いた。
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