第25話 魔物と人
「
眩い光に目を瞑った時には、魔物は雷に打たれて倒れるところだった。
ドサリと、大きな体が雪の上に倒れる。
「セシーリア」
アルノルドが駆け寄ると、セシーリアは魔物の首元に手を当てている。
「…殺したのか?」
「気を失わせただけ」
この大きさで暴れ続けられると被害が拡大してしまうので、力づくで大人しくさせた。
「このフェンリルは、怒っていた」
「…フェンリルというのが、この魔物の名前か?」
セシーリアは頷く。
狼のような見た目をしていて、気性は荒いが賢い。
セシーリアはすくっと立ち上がると、騎士たちに視線を向ける。
「この魔物と同じ魔物を殺しましたか?」
「………」
騎士たちはセシーリアを警戒してか、何も言わない。
「答えてくれ。この魔物の出現理由に関わる」
口をつぐむ騎士たちの中から、1人の騎士が前に出て騎士の礼をとる。
「アルノルド殿下にご挨拶申し上げます」
「ヨハンソン公爵か」
銀髪にしっかりとした体躯の男性は、この公爵領の当主である。
公爵家の当主というよりは騎士団の団長のような筋肉質な体に、歴戦の猛者のような強い眼差しをしている。
「昨日、この魔物より一回り小さい魔物を1匹討伐しております」
ヨハンソン公爵の言葉に、セシーリアが息をつく音が聞こえる。
「この魔物は、子供を殺されたからあそこまで暴れていたのよ」
「しかし、魔物は人に害をなす。我々は魔物を討伐しなければならない」
「その子供の魔物が、何をしたの?」
「騎士に襲いかかった」
「剣を向けられれば、自己防衛もするでしょう」
「では、何もせず死ねと?」
「魔物の行動には、理由があるわ。それを考えもせずにただ殺すことは、愚か者のすることよ」
セシーリアの言葉に、騎士たちにピリリと敵意に似た空気が走る。
ヨハンソン公爵領は長年魔物と相対してきた者が多いので、気に障ったのだろう。
しかしセシーリアは騎士たちの敵意にも屈さない。
「魔物の全てが人を害するわけじゃないわ。その多くは人との争いを好まず、山奥に住んでいる」
セシーリアは、静かな青い瞳を公爵に向ける。
「子供を殺されれば、親が怒りを覚えるのは当たり前でしょう」
「…魔物にも、心があると?」
「何故無いと思っているのか疑問だわ。魔物は悪。人を害するもの。そう決めつけて理解しようとしなかったのは、何故?何故、知ろうとしなかったの?」
「………」
セシーリアの言葉に、公爵は何も答えない。
苛立った騎士の1人が、前に出る。
「我々は300年以上、魔物から国を守ってきたのだ!よそ者が口を出すな!」
「口が過ぎる。落ち着け」
怒りで顔を真っ赤にさせた騎士を、公爵が止める。
「しかし、閣下!この女の言葉には我慢できません!魔物に殺された仲間だっています!」
それに、と騎士は続けてまくしたてる。
「この女は、私たちの知らない魔法を使っています!あの白い髪も、建国物語に出てくる魔女のようではありませんか!もしかしたら、あの女も私たちを殺そうとするかも…」
バキッと大きな音がして、その騎士は吹っ飛ぶ。
軽いひと振りで騎士を殴り飛ばした公爵は、セシーリアに頭を下げる。
「今の言葉は、私がこの男に代わって詫びよう。あなたが魔物を止めたのは事実」
しかし、と言って公爵は頭を上げる。
「ここにいる騎士たちは、その命を賭して魔物に相対してきた。その事実を鑑みてもらいたい」
「無知は罪だわ」
セシーリアがそう言った時、フェンリルの耳がピクリと動いた。
セシーリアは念のため、アルノルドに離れるように促す。
起き上がったフェンリルからは、まだ敵意と怒りが感じられた。
「あなたの怒りは分かる。でもこのまま人間を襲えば、あなたも殺されてしまう」
フェンリルは、怒りをぶつけるようにセシーリアに吠える。
「…ごめんなさい」
セシーリアはフェンリルを見つめたまま、謝罪の言葉を口にする。
「私がもっと早く来ていれば、あなたの子供を殺させなかったのに…。ごめんなさい」
セシーリアの青い瞳を見つめ返し、フェンリルは逆立っていた毛を下ろす。
「どうか、このまま山へ帰って。あなたまで殺されないで…」
「セシーリア!」
フェンリルの瞳から敵意が消えたことにほっとした時、アルノルドの焦った声が聞こえた。
騎士の1人が、怒りの目を持ってフェンリルに斬りかかろうとしている。
「イー…」
呪文を唱えようとしたが間に合わず、セシーリアはその剣の前に身を出した。
雪の上に、ボタボタと赤い血が落ちる。
「…なんで」
フェンリルに剣を向けた騎士は、セシーリアが魔物を庇うとは思っていなかったらしい。
剣を持ったまま呆然と立っている。
「セシーリア!」
顔色をなくしたアルノルドが駆けつける。
「…大丈夫。かすっただけ」
剣先が少し肩をかすめただけだ。
しかし出血が多いせいか、目まいがしてその場に崩れ落ちる。
アルノルドは、セシーリアの体を受け止める。
「はやく、治癒の魔法を…」
「…今は…できない…」
「セシーリア!」
大丈夫だともう一度口にしようとしたが声にならず、セシーリアは意識を失った。
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