第24話 公爵領


「着いたな」


アルノルドの声に前を見ると、雪に覆われた大きな城門が見える。


「あそこがヨハンソン公爵家だ」


ヨハンソン公爵家は、立派な城壁に囲まれた大きな城だった。

堅固な要塞にも見える城の造りは、すぐ近くに魔物の脅威があるからだろう。


アルノルドとセシーリアは、王都からヨハンソン公爵領までの道のりを馬に乗って来ていた。

王都からヨハンソン公爵領までは馬車を使うと1か月以上かかるが、馬だと10日ほどで着く。

魔物の出現が増えているという状況を考え、移動速度の速い馬での移動に決めた。


北に向かうほど寒さが冷え込み、公爵領に入ったあたりで雪景色に変わった。

吐く息は白く、ふわふわと雪が降っている。




「ようこそお越しくださいました」


公爵家に着いたアルノルドたちを迎えたのは、エレオノーラだった。


「本来であれば公爵である父が出迎えるところですが、父は前線に出ております。ご無礼をお許しください」

「構わない。さっそくだが、魔物の出現について情報を聞きたい」


外套の雪を払って応接室に通されると、アルノルドはさっそく本題を切り出す。


「こちらも報告は受けているが、現状はどうなっているだろうか」

「騎士団と公爵家の私兵で討伐を行っておりますが…数は減るどころか、増えております」


エレオノーラの表情は固い。

公爵自ら前線に出ているということからも、状況は芳しくないことが分かる。


「ノードウィル山から魔物が降りてきているということか?」

「はい」

「今までにこういったことは?」

「年に何回か下りてくることはありましたが、ここまでの数がいっせいに下りてくるのは、50年振りだそうです」

「魔物の出現の原因について、公爵は何か言っていたか?」

「申し訳ありません。そこまでは…」


申し訳なさそうに頭を下げるエレオノーラの顔色はよくない。

魔物の出現が相次ぎ、当主である公爵が前線に出ているのだ。

普通の令嬢であれば部屋から出てこなくなってもおかしくない。


「公爵夫人と弟君は元気か?」

「母は領地を回って炊き出しなどを行っています。弟は、まだ幼いので…」


家族の話になったからか、エレオノーラの紫色の瞳が潤む。



「とりあえず、魔物の出現場所に向かおう」


さっき脱いだばかりの外套を再び羽織るアルノルドに、エレオノーラは少し慌てる。


「もう少しお休みになってからでも…」

「休息は十分にとった。今も魔物の討伐をしている者たちがいるのに、時間を無駄にできない」


アルノルドの言葉に、エレオノーラは頭を下げる。


「ありがとうございます。殿下」

「すぐに出る。行けるか、セシーリア」

「はい」

「セシーリア様も行かれるのですか?」


エレオノーラの驚いた顔に、アルノルドは明るく笑う。


「大丈夫だ。私の婚約者は強いんだ」


再び外套を羽織り雪景色に消えていく背中を、エレオノーラはただ見送ることしかできなかった。




ノードウィル山の麓に近付くにつれて、雪の上に赤い血が見える。

それが人のものか魔物のものかは分からないが、前線の凄惨さが窺える。


グオォォーという咆哮に馬の足を止めると、雪林の奥に獣の魔物がいた。


「…フェンリル」


セシーリアを見ると、青い瞳が悲しみで染まっている。

セシーリアは馬から降りると、魔物をけん制している騎士たちに構わず魔物に近付いていった。


「何をしてる!」

「近付くな!危ないぞ!」


セシーリアを止めようとする騎士たちの間に入り、それを制する。


「大丈夫だ。少しの間任せてほしい」

「…アルノルド殿下?」


第二王子が現れたことに騎士たちは驚いているが、すぐに魔物に目を向ける。


「あの女性が危険です!あの魔物は、私たちでも手が出ず…」

「大丈夫だ」


アルノルドは騎士たちを抑え、セシーリアの背中を見つめる。

巨大な狼のような魔物の目は血走り、口からは鋭い牙が見えている。

セシーリアが近付くと、魔物は前脚を振り上げて鋭い爪をセシーリアに向ける。


フリートゥナ浮遊


そう唱えると、セシーリアの体は空中に浮いてその爪を避ける。


「どうして、そんなに怒っているの…?」


セシーリアは、魔物に語りかける。

しかし魔物はセシーリアを叩き落そうと、風を起こす。

魔物を中心に、雪を含んだ風が竜巻のように広がっていく。


「あれです!あの魔物は、竜巻を起こして…」


騎士たちは強風で転がりそうになるのを何とか耐えているが、セシーリアは強風の中でもふわりと浮いている。


「ウルリーカ」

「はぁい」

「力を貸して」

「もちろんよ」


ウルリーカはふふっと笑うと、セシーリアを後ろから包み込む。


スペーキルサ精霊魔法ローリグ無風


セシーリアが呪文を唱えると、竜巻がピタッと止む。

そのまま、セシーリアは手を空に掲げる。


トルデン雷よ


セシーリアが手を振り下ろすと、雪空に雷が落ちた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る