第23話 準備


「失礼いたします」


ある日の昼下がり。

執務室に入ってきた文官の声に、アルノルドは書類から顔を上げる。


「第一王子がお呼びです」

「兄上が?」

「執務室に来るように、と伝言を預かりました」

「そうか。分かった」


アルノルドはユーリーンを連れると、第一王子の執務室に向かった。


「兄上。お呼びと聞きました」

「あぁ、来たか」


レンナントは、執務室の机の上に大きな地図を広げている。

エドヴァール王国全土の地図で、いたるところに印がつけられている。

すぐにそれが何を示しているのかに気付いた。


「魔物の出現位置ですか」

「ここ数か月でかなり増えている」


特に多いのは魔物が住む4つの山付近だが、最近では王都にも魔物が出現している。


「王都での魔物の出現は過去になかったわけではないが…」

「やはり、王城での魔物の出現はありませんか」


レンナントは頷く。


「王城は国境からも遠く、警備も厳しい。わざわざ魔物が現れるような場所とは思えない」


それなのに、二度も王城に魔物が出現している。


「パーティーの際に現れた魔物は、王城に真っすぐ向かってきていたそうですね」

「城下の騎士たちからはそう報告を受けている」


魔物の出現については、騎士団と共に調査してきた。

しかし王城に出現した魔物については、おかしな点が多いのだ。


「誰かが意図的に呼んだ可能性もあるな」

「…どうやってですか?」

「例えば、失われた魔法を使ってとかな」


レンナントの言葉に、アルノルドは表情を険しくさせる。


「兄上はセシーリアを疑っていらっしゃるのですか?」

「当たり前だろう。失われた魔法については、私たちは何も知らない。どんなことまでできるのか知らないんだ」

「それはそうですが…」


エドヴァール王国には失われた魔法についての詳しい知識は残っていない。

理解不能な事象があれば、「失われた魔法を使ったのではないか」と考えるのは自然なことだ。


「しかし、セシーリアはその魔物を自分で倒しています」

「自作自演とも考えられるだろう」

「セシーリアはそんなことしません」


アルノルドの言葉に、レンナントは第一王子として厳しい目を向ける。


「大切なのは、お前がどう思うかではない。そう見ることもできるということだ」


レンナントの言うことはもっともで、アルノルドは何も言えずに口を結んだ。


「お前はセシーリア嬢のことを信じていると言うが、他の人間もそうとは限らない」


大半の人間は、身元も分からないセシーリアに疑いをかけるだろう。

失われた魔法を使えるとなるとなおさらだ。


「では、セシーリアの味方を増やすことにします」

「どうするつもりだ?」


訝しむレンナントに、アルノルドは第二王子として笑顔を向ける。

そして机の上の地図の一点を指さす。


「婚約者と旅行に行きたいのですが、許可を頂けますか?」


アルノルドが指差したのは、エドヴァール王国の最北にあるノードウィル山だった。

国内で魔物の出現が一番増えている場所である。

アルノルドの意図を理解し、レンナントは口元に笑みを見せる。


「いいだろう」

「ありがとうございます」

「ただし、旅には土産がつきものだ。分かるな?」

「もちろんです」


王城での執務を休んで行くのだから、手ぶらで帰ってくることはできない。


「兄上が喜ぶようなお土産を持って帰ります」

「気を付けて行ってこい」

「はい。行ってきます」




「ということで、ノードウィル山に魔物討伐に行くことになった」


第二王子の執務室に呼び出されたセシーリアは、アルノルドの話を聞いて驚き呆れた。


「第二王子自ら魔物の討伐に行くの?」

「セシーリアだけを行かせられないからな。それに、表向きは婚約者との旅行ということになってる」


アルノルドは、魔物の出現情報をまとめた地図をセシーリアに見せる。


「ノードウィル山の麓では、今までにないほどの魔物の出現が確認されている。いずれ騎士団だけでは対処できないのは目に見えている」


魔物の討伐は騎士団が行っているが、魔物の数が増えるほど騎士では手に負えなくなる。

まだ村や街に被害が出たという話は聞かないが、それも時間の問題だろう。


「すぐに出発しましょう」


ただし、とセシーリアはアルノルドを見る。


「私はできるだけ、魔物を殺したくないわ。それでもいいの?」

「それでいい。血が流れずに解決できるのなら、それにこしたことはない」


セシーリアは頷く。


「魔物の出現理由について調べてこいと兄上に言われたから、長めの滞在になるかもしれない」


レンナントが言っていた「土産」というのはそういうことだ。


窓の外の木の葉は色が変わってきている。

ノードウィル山は王国の最北なので、麓でももう雪が降っているかもしれない。


「滞在場所は決まっているの?」


あぁ、とアルノルドは頷く。


「ノードウィル山一帯は、ヨハンソン公爵領だからな。しばらくは公爵家に滞在することになる」


ヨハンソン公爵家と言えば、アルノルドの婚約者筆頭であったエレオノーラの家である。

アルノルドに想いを寄せている令嬢だ。


『……?』


セシーリアは何となくもやっとする心に首を傾げつつ、アルノルドと旅の準備に取り掛かった。



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